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2007年9月27日 (木)

中国における神獣の組合わせ方

以上をまとめると、

  • 中国では商代には『神聖なものと2体1対の神獣』という形式が、独自に存在した可能性はあるが、はっきりとした形になるのは後漢代からと思われる。
  • その形式の中で、当初は獅子の地位は高くなかったが、おそらくは仏教の影響で、後には獅子の位置付けが高くなる。

となるでしょうか。

形式それ自体にユーラシア西側からの影響があったかどうかはよくわかりません。

たとえ商代に既に形式が存在していたとしても、資料の年代的にはユーラシア西側の方がはるかに先行しています。
しかし、商のものはユーラシア西側のものとは、様式が異なっています。

陵墓参道の石獣群は、これももっと早い時代にユーラシア西側で同様のものが見られますが、別に影響がなくても思いつきそうなものではあります。

検討するだけの材料が手元にないので、この程度のことしか言いようがありません。

それはさておき、中国では『神聖なものと2体1対の神獣』を構成する際に異なる神獣を組み合わせたり、口を開閉したりしている例はあるのでしょうか。

ユーラシアの西側では≪グリフィン≫と≪スフィンクス≫のように異なる神獣を組み合わせていると思われる例がありました。
中国でも≪辟邪≫≪天禄≫、あるいは人面と獣面の≪鎮墓獣≫にそれを見ることが出来ます。

何度も書いているように、結局のところ異なる神獣を組み合わせるということは、ユーラシア全体で広く見られるもので、日本の≪狛犬≫だけに見られるというものではありませんが、かと言って、相互間に影響関係があるのかどうかについては、よくわかりません。

一方、ユーラシアの西側では対になった神獣が口を開閉するという形式は、明確には見られませんでした。
それに対し、中国では≪鎮墓獣≫の中にそのパターンが見られます。

加えて、中国で作られた仏像の中にも、付随する獅子が口を開閉しているという例が存在しています。

上杉先生の「狛犬事典」では『董金造金銅阿弥陀仏一具』という隋の開皇四年(584年)銘が入った仏像が紹介されていますが、これに付随する獅子は一方が開口し、他方は閉口です。
ちなみに、写真では右が閉口なので、狛犬愛好家が言うところの「吽阿」になっています。

また、ボストン美術館所蔵の開皇十三年(593年)銘の『金銅仏一具』も、口を「阿吽」に開閉しています(リンク先の写真を拡大して見てください)。

その他、「狛犬事典」で紹介されている敦煌莫高窟出土の裂に描かれた獅子(有翼とみられる)も、口を開閉しています。
こちらは「阿吽」です。

例示できるものは少ないですが、「≪阿吽≫の萌芽は中国に見られる」としても、それほど的外れとは言えないでしょう。

以上のことを指摘したところで、「東方へのライオンの伝来」の項目を終えたいと思います。

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