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2007年9月28日 (金)

中国獅子

中国での≪獅子≫の発生について見た最後に、『狛犬の隣人たち』として、大まかな括りになりますが『中国獅子』という形で、現在広く見られるものについてまとめてみます。

東アジアに伝来したライオンが中国化したものが獅子であり、日本化したものが狛犬です。

歴史的に見れば、中国から獅子が伝来して狛犬になったわけで、『狛犬の隣人』と言うより、『狛犬の親』になるわけですが、それぞれが時代によって変化を遂げていった結果、現在における中国の獅子と日本の狛犬は、一目で違いがわかるほど異なるものになっています。

様々な時代の中国獅子の写真が収録されたものを見ると、時代によってその姿は様々です。

しかし、現在ではおおむね二つの形式に集約されています。

北獅・南獅とか北派・南派、あるいは北方系・南方系などと呼ばれる二つの形式です。

「中国獅子雕塑芸術」によれば、はっきりとこうした二つの形式に集約されるようになるのは明代からのようです。

北派の獅子は主に山西、山東、河北、河南、陝西の各省で流行し、その影響は遼寧、甘粛、湖北、安徽などの省に及んでいます。

この形式の祖形は唐代には既に見られるようです。

Gokoku この写真のようなものが北獅です。

仏像の螺髪のようなたてがみ、がっちりとした体格で、きちんと蹲踞し、尻尾はごく小さいか背中に浅く浮彫りにされています。

胴部には瓔珞という胸飾りをつけ、多くの場合、足で子獅子と玉を押さえています。

ちなみに、東洋の神獣にはその霊力の象徴として玉が付き物ですが、この場合の玉は『繍球』と呼ばれるものです。

雌雄の獅子が戯れることによって生じる毛玉のようなもので、ここから子獅子が生まれるという考え方があるそうです。

南派の獅子は主に福建、広東、広西の各省で流行し、その影響は海南、台湾などに及んでいます。

明代に生まれた形式のようです。

Kodama_4 この写真のようなものが南獅です。

大きな耳をした扁平な顔、背中が寝た状態の円筒状の身体に貧弱な四肢が付き、尻尾は派手で大きく巻き上がっています。

瓔珞をつけ、子獅子と玉を伴なう点は同じですが、踏んで押さえるというより、前足を上げて抱きかかえる感じになっています。

玉に紐が伴なうことがあるのは北獅にも見られることですが、その紐が派手に長く表現され、時に口にくわえている場合があります。

さて、実は例にあげた写真は日本の神社に設置されているものです。

北獅の方は、熊本市の熊本県護国神社のもの。

ここは境内にある3対の狛犬がすべて北獅形の中国獅子になっています。

写真のものは台湾歩兵第一連隊と台湾山砲兵第四十八連隊(の生存者)による奉納(昭和57年)。

ちなみに、他は1対は台湾第二連隊大西部隊長友隊、1対は台湾歩兵第二連隊によるもので、いずれも台湾に関係しているものです。

南獅の方は、湘南・江ノ島にある児玉神社のもの。

この神社の祭神である明治の軍人・児玉源太郎が、台湾総督を務めたことを記念して、昭和5年に当時の台湾総督であった石塚英蔵によって奉納されたものです。石塚英蔵は児玉総督時代の総務局長で、この児玉神社創設の発起人の1人でもあります。

台湾台北州観音山の石を用いて台湾の石工によって製作されたものとされています。

こうした例は寺院も含めて少なからず見られます。

『狛犬の中に混じり込んだ隣人たち』といったところでしょうか。

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