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2007年9月18日 (火)

グリフィンは中国にやって来たか

ライオンのいない東アジアですが、同じネコ科の猛獣であるトラならば生息しています。

そして、トラは古くは商(殷)の青銅器や玉器において図像化されています。

身近に同じような猛獣がいるのであれば、ライオンの図像が伝来しても、そのままではトラに置き換わってしまうことがあるかもしれません。

証拠はありませんが、そうした可能性はあるのではないかと、私は考えています。

しかし、怪獣ならばそのまま受け入れることもあるのではないでしょうか。

つまり、ライオンを構成要素とする合成神獣、つまりグリフィンやスフィンクスならばそのままの姿で受容されることもあるのではないかと思うのです。

そして、それを受容していれば、当然、それがどういうものなのかという説明、つまりからだの一部がライオンであるという情報も受容することになるのではないかと、考えてみたいのです。

例えば、台湾の故宮博物院の所蔵品に「鳥首獣尊」という文物があります。

正確な出土地はわかりませんが、戦国時代(BC403~BC221)の早期のものとされています。

その名の通り、頭部は鳥で、猫科の猛獣を思わせる胴体をした怪獣の姿をした青銅器の器です。

胴体には翼を思わせる線刻の文様があります。

頭部の突起は角でしょうか。

だとすれば、それは鷲グリフィンの特徴のひとつです。

   

これを鷲グリフィンと考えるのは、いささか単純過ぎますが、それを連想させるものであることは確かでしょう。

しかし、鷲グリフィンではライオンは連想し難い気がします。

獅子グリフィンの例はないのでしょうか。

以前、『中国国宝展』という展覧会で、「双翼神獣」という青銅器を見ました。河北省平山県の中山王墓から出土したもので、紀元前4世紀、戦国時代の遺物です。

翼をもったネコ科の猛獣を思わせる神獣です。

これも頭部に角を備えています。

非常に獅子グリフィン的な文物です。

これらを中国で独自に生み出されたものと見ることも可能です。

しかし、例えば動物闘争文など、スキタイや匈奴といったユーラシアの北方内陸部の草原地帯で活動していた騎馬遊牧民の美術を代表する文物には、鷲グリフィンが多く表現されています。

それに類似した文物は、中原から見れば辺境を中心にではありますが、中国でも出土しています。

獅子グリフィンについても、新疆ウイグル自治区新源県で、2体の向かい合う獅子グリフィンらしき神獣が表現された文物(鍑の縁飾り)が出土しています。

これも戦国時代の文物です。

しかもそれは、アケメネス朝ペルシアの様式を受け継いでいると言います。

また、中山王は北方の騎馬遊牧民の系統の一族であるといいますから、そうした流れを汲んでいると言えます。

ユーラシアの西側においてグリフィンの図像が早くから存在していて、そことの中間をなす場所から類似品の出土があるということからすれば、影響を全く否定するということはできないでしょう。

つまり、中国においては、ライオンよりもやや早い段階のグリフィンの遺物が残っているということになりそうです。

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