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2007年9月 4日 (火)

初期の図像化されたライオン

ライオンの生息地であり、人類文明の発祥地でもある西アジアを中心とした一帯では、早い段階からライオンは図像化され、当然、その実例も数多く見出せます。

あいにく私は外国語が苦手で、海外の文献には全く手が出ません。それでいて、日本語の論文も渉猟するどころか、ほとんど目を通していません。

一般書と展覧会図録ぐらいしか参照していませんが、それでも非常に数多くのライオンの図像を見いだすことが出来ます。

さらに、グリフィンやスフィンクスなど、ライオンを構成要素とする合成神獣まで含めて考えると、際限が無いと言って良い程の数になります。

ライオンを構成要素とする合成神獣は一旦脇に置いて、ライオンそのものの図像の古いものをいくつか例示してみましょう。

○ライオンの頭をかたどったスタンプ印章

ウルク後期のBC3500BC3100年頃。白色大理石製。ライオンの顔面のみを表現していて、裏が印章になっている。

(「メソポタミア文明展」図録 2000年)

○アシュモールパレット

BC3200BC3000年頃。石製。上エジプト、ヒエラコンポリス出土。多くの模様が浮彫りになった化粧板で、ライオンのほかグリフィンと思われる浮彫りがある。

(「グリフィンの飛翔」林俊雄 2006年)

○テル・ウカイルの彩色神殿

BC3000BC2900年頃。壁画の中にライオン。文章のみでの紹介で図版が無いので、姿は不明。

(「古代メソポタミアの神々」岡田明子・小林登志子 2000年)

○獅子形品

ジェムデット・ナスル期のBC29BC28世紀。白色貝製。伏せたライオンを丸彫りしたもの。

(「古く美しいもの」中近東文化センター 1993年)

○ウル・ナンシェの銘の入ったライオンの半身像

BC2500BC2450年頃。オニッキス製。テロー出土。伏せの状態の上半身が丸彫りされている。

(「メソポタミア文明展」図録 2000年)

Photo ○供物台

BC2600BC2350年頃。スーサのアクロポリス出土。側面に2段に分かれて紋様が描かれ、上段にライオンの浮彫りがある。下段は鷲。

(「メソポタミア文明展」図録 2000年 写真の引用元も同じ)

○円筒印章

BC2500BC2400年頃。テロー出土。印面の図案にライオンが鹿を襲う図柄。

(「メソポタミア文明展」図録 2000年)

こうした円筒印章の図柄には、数多くのライオンやグリフィンの姿が見られます。

Photo_2 ○テラコッタ獅子

アッカド王朝のBC2340BC2185年頃。蹲踞するライオンの全身像。
(「古く美しいもの」中近東文化センター 1993年 写真の引用元も同じ)

写真を見る限りではたてがみがあるのかどうかはっきりせず、何をもって≪獅子≫としているのかは不明ですが、この姿は時代は全く異なるものの、日本の瀬戸などで制作された陶器製の狛犬を連想させます。

 

以上のように、紀元前2000年以前のものだけを抜き出しても、宮殿の壁画から印章や護符などの小物まで、様々なバリエーションがあります。

この時点までに、いわゆる古代オリエント地域の人々の生活に、ライオンの図像が広く、深く定着していたことがわかります。

一方、東アジアに≪獅子≫が出現するのは、中国の漢代(BC202220)だと考えられているので、数千年もの差があることになります。

狛犬の源流をユーラシア西方に求めるのは、当然ということになるでしょう。

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