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2007年9月20日 (木)

辟邪・天禄について(2)

≪辟邪≫≪天禄≫とみなされている考古文物は少なからずあります。

そちらからはどう考えることができるでしょうか。

「グリフィンの飛翔」には、河南省洛陽県孫旗屯出土の1対(2世紀)、南京市の宋武帝初寧陵の1対(5世紀)、江蘇省丹陽市の斉景帝修安陵の1対(5世紀)、南京市の陳文帝永寧陵の1対(6世紀)の4対が紹介されています。

いずれも一角と二角の組合せで、角の本数を別にすれば、対の左右であからさまな形状の違いはありません。

そして、4対の相互の形状もよく似たものになっています。

とりわけ、前足の付根あたりから翼が生えているという点が共通しています。

つまり、いずれも有角有翼神獣なのです。

顔は猛獣の顔をしており、獅子グリフィンの系譜にあるものと考えることが出来ます。

「幻想動物の文化誌 天翔るシンボルたち」(張競 農文協 2002年)でも同様のタイプの≪辟邪≫≪天禄≫が紹介されています。

その中に混じって紹介されている、梁の呉平忠侯・蕭景、安成康王・蕭秀、南康簡王・蕭積の三者の墓(6世紀)に設置された≪辟邪≫は、≪辟邪≫のみが1対となったもので、有翼ですが無角です。

その姿自体も、頭部が豊かなたてがみでふっくらとした形に表現されていて、明らかに上記の有角有翼神獣とは姿が異なります。

こちらは有翼ではあるものの≪獅子≫そのものという感じを受けます。

Photo 「中国獅子彫塑芸術」では、蕭景墓と蕭秀墓のものを≪石獅≫として収録しています。

その一方で、先日その名に触れた建安十四年(209年)の『四川雅安高頤墓石獅』は、角こそないものの、実は有翼で、その姿は上記の有角有翼神獣と似ています(写真は「中国獅子彫塑芸術」より引用)。

こうしたことを踏まえて、「中国獅子彫塑芸術」の著者・朱国栄は、林樹中による「有角のものを麒麟と総称し、一角か二角かで区別をした。無角の石獣が辟邪で、それは実は獅子である」という説を妥当としています。

つまり、≪辟邪≫は≪獅子≫であり、≪天禄≫は≪麒麟≫であるというわけです。

また、朱国栄は「石製辟邪のある陵墓には石製獅子が重ねて置かれることはなく、同様に、石製獅子のある場所には、石製辟邪を重ねて置くことはなく、重複しない」としており、それが確かなら、≪辟邪≫=≪獅子≫と言えるのかもしれません。

ただし、日本の曾布川寛は独自の研究から「一角獣の方は辟邪と名づけることが出来、二角獣の方は依然不明である」と唱えており、すっきりとはいきません。

ただ、間違いないことは、名称はどうあれ、獅子グリフィンからの影響を見て取れる有翼神獣が存在し、それは麒麟と獅子に非常に近接した存在である、ということです。

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