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2007年9月16日 (日)

文献に見る中国へのライオンの伝来

中国は世界の書記と言えるほど、古い歴史文献が豊富な地域です。

そうした文献の中に、西域諸国からライオンが中国の諸王朝に献上された記録があります。

もちろん、このライオンとは、初めに断ったように図像ではなく、生きた本物のライオンのことです。

その最初期のものは紀元1~2世紀の後漢時代です。

「冊府元亀」外臣部朝貢編という文献に、西域諸国から中国へのライオンの献上の記録があるとのことです。「楽園の図像」(石渡美江 吉川弘文館 2000年)からの孫引きですが、それを列挙してみると、以下のようになります。

永平十三年(70)安息国(アルケサス朝パルティア)より

章和元年(87) 月氏国(クシャーン)より

章和二年(88) 月氏国と安息国より

陽嘉二年(133 疏勒国(カシュガル)より

「中国獅子彫塑芸術」(朱国栄 上海書店 1996年)によれば、同様の内容が「後漢書」の記述の中にも確認できるようですので、後漢代のうちに少なくとも5回はライオンが東アジアにもたらされていることは確かなようです。

ただ、原典にあたっていないので、それが牡なのか牝なのか、何頭か、献上後どう扱われたかなどについては、よくわかりません。

いずれにせよ、限られた範囲ではあるものの、それを目にした人間がいることになります。

例えば、後漢の第三代皇帝・章帝の在位期間は7689年なので、彼には在位中に3度、もしかすると即位前にも1回、ライオンを目にする機会があったと考えられます。当然その周囲の人間も獅子がどのような動物か具体的に見て知っていたはずです。

これ以前にはどうなのでしょうか。

「漢書」には、前漢の武帝時代(紀元前14087年)に“四海夷狄”の器服珍宝が展示されていた奇華殿でライオンも展示されていたことが記載されているそうです。

また、「中国獅子彫塑芸術」では「漢書・西域伝」の記述が、現在知られているライオンの中国への伝来に関する最も早い記録だとしており、それに基づくならば、遅くとも紀元前23年以前にライオンが伝来していたことになるようです。

この他、武帝によって西域遠征に送り出された張騫がライオンをもたらしたという説もあるそうですが、その一方で、「史記」には中国にライオンが伝わったという記述はないとのことです。

ところで、「獅子」という言葉はサンスクリット語の“Simba”から転じたものだとされます。しかし、この語に確定する前には「狻麂」という漢字がそれに当てられていたこともあったということに以前触れました。

そして、この語の用いられた文献には漢初の「爾雅・釈獣」があり、そこには「狻麂如猫、食虎豹」と記載されているそうです。

「虎や豹を食べる」というのは、およそ実際のライオンと一致しません。ライオンについての情報だけが何らかの形で伝わったのでしょう。

こうして見ると、実物はさておき、少なくとも前漢代にはライオンについての情報が中国にもたらされていたと考えていいようです。

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