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2007年9月 5日 (水)

神獣を対にする事の始まり

さて、まず(A)の『野生のライオンの生息域とその地におけるライオンの図像化の状況』について、その一端を簡単に見てみました。

しかし、それだけでは狭義の≪狛犬≫および≪獅子≫の源流が古代オリエント方面に求められる、というに過ぎません。

広義の≪狛犬≫には、「狛犬の定義」で見たような一定の形式があります。

そうした形式が、日本以外の場所では見られないのであれば、狛犬は日本独自のものということになりますが、日本以外でも見られるのであれば、狛犬は大きな文化潮流の中の一形態であるということになります。

ということで、(B)の『神聖な対象と2体1対の神獣の組合せの成立と展開』という部分を見てみます。

「古代メソポタミアの神々」(三笠宮崇仁監修 岡田明子・小林登志子著 集英社 2000年)という本に、アナトリア(現在のトルコ)のチャタル・ホユック遺跡で出土した地母神の像が紹介されています(アナトリア文明博物館蔵)。

 

紀元前7000年頃から紀元前5500年頃にかけての遺跡とされるチャタル・ホユックは、農耕・牧畜が組織的に行われた最初期の遺跡だそうです。

 

「豹を従えた女神像」と呼ばれているこの女神像は、いままさに子供が生まれてきた瞬間を表現しており、椅子に座った女神の左右には豹が1頭ずついます。

この本ではこの女神像に限らず考古資料の年代を明記していないのですが、紀元前6000年頃の遺物のようです。

この女神像では対になっているのは豹としていて、ライオンではありませんが、『神聖な対象と2体1対の神獣の組合せ』という点からは注目に値します。

また、この本では

のちの豊穣女神に獅子が付き従う例の先駆けと考えられる

としています。

これは、シュメール・アッカドの豊穣と戦いの女神イシュタル(イナンナ)がライオンを随獣とすることを指しているのでしょうか。

本には具体的な資料の提示はありませんが、図像としてはライオンの上に立つイシュタル女神という形式が知られています。

さて、神聖なものに従う2体1対の神獣という形式が、ここに始まるものかどうかはわかりません。

これ以前から単体の神像と神獣像をそのように配置していたとしても、そのままの姿で出土しない限り、それとは認識できないからです。

ですから、遅くとも、この時期までには成立していた、としか言えません。

しかしながら、この形式が少なくともおよそ8000年の歴史を持つことは確かです。

人類が文明というものを生み出した、そのごく初期から存在するものということになります。

狛犬は、そうした長い歴史を引き継ぎ、ユーラシアの東端で発展した一種族というふうに考えるべきでしょう。

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