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2007年10月20日 (土)

日本における対形式(1)

仏像に伴なう対になった獅子の例をいくつか挙げましたが、それ以前の日本には、何かを対にする、さらに対になったものを神聖なものと組み合わせる、という例はあるのでしょうか。

縄文時代には様々な文様を持つ特徴的な土器と、数多くの土偶が作られました。

手元で確認することができる僅かな事例からは、土器の文様や、土偶の造型の中には明確な対形式は見出せません。

出土状況から対形式がうかがえるものがないかと考えてみましたが、土偶に関しては、何らかの祭祀後に破壊して廃棄するという習慣が認められていますから、対形式を見つけ出すことは困難なようです。

佐原真は、銅鐸の文様などから、弥生時代の絵画に動物を1匹は右向き、もう1匹は左向きに描く、というような『左右相称』の意識が認められるとしていますが、それは『左右対称』や対形式を成しているわけではないようです。

時代は下がりますが、装飾古墳として有名な福岡県の王塚古墳(6世紀)の墓室入口の左右の壁面に向かい合う形で馬が描かれているのは、その延長なのかもしれません。

というのは、右には赤馬と黒馬の計2頭、左には赤馬1頭と黒馬2頭の計3頭が描かれていて、完全な対称にはなっていないからです。

『左右相称』であって『左右対称』ではない図案と言えます。

また、馬そのものも、色はともかくとして、その姿は普通の馬です。

やはり装飾古墳である福岡県の竹原古墳(6世紀)に描かれている龍とも解釈される奇怪な馬らしき生き物が、明らかに神獣であることに比べると、なおさら普通の馬に見えます。

しかし、描かれている場所を考えると、このあたりに「神聖なものと2体1対の神獣」という形式の萌芽を見ることは不可能ではないでしょう。

ただ、決定的とは言えません。

古墳と言えば、埴輪もあります。

埴輪の配置には対形式は見られるのでしょうか。

手元の本に取り上げられている事例を見る限りでは、埴輪の配列に左右対称性は見えないようです。

考えてみれば、対形式の見られる中国や朝鮮半島の陵墓に見られる石像群が墓に向かう参道に設置されているのに対して、埴輪は墓本体の墳丘上やその外周にあることからして、そもそもの思想の拠り所が異なっているはずです。

その点からすると、埴輪に対形式が見られなくても当然なのかもしれません。

ちなみに、人物・動物・建物・武具・馬具などを象った埴輪の配置は、葬送に関する祭式を模したものであろうと考えられているようです。

そこに厳密な形での左右対称性が見られないということは、実際の祭式においても、必ずしも対称性は重視しないという傾向があったということになるのでしょうか。

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