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2007年10月21日 (日)

日本における対形式(2)

しかしながら、古墳時代にも、はっきりとした対形式が見られるものもあります。

例えば、京都府の穀塚古墳(5世紀)から出土した「金銅製帯金具」には、向かい合う龍が表現されています。

また、剣の柄頭の部分を飾る金具に「双龍文環頭」という、向かい合った二匹の龍が口を開き、二匹の間にあるひとつの玉をくわえているという図案が表現されたものがあります。滋賀県の鴨稲荷山古墳(6世紀初頭)、京都府の湯舟坂2号墳(6世紀後葉)、静岡県の院内2号墳(6世紀後半)などから出土しています。

ちなみに、「万葉集」では『わ(環)』の枕詞として『高麗剣(こまつるぎ)』の語があてられていて、この「環頭」を持った剣がそれに該当すると言われています。

その名の通り、朝鮮半島に祖型があるとされます。

「獅子」の古例として触れた『三角縁神獣鏡』ですが、その神仙と霊獣の配置は、ものによっては対を成しているように見えます。

特に興味深いのは、黒塚古墳出土の22号鏡です。

既に触れたように、その銘文には「左龍右虎」とあります。

つまり、異なる霊獣を左右に配していることを表明しているわけです。

しかも、それは有角の「龍」と無角の「虎」であるわけで、まるで≪狛犬≫のようです。

さらに、「龍」と「虎」と言えば、「玄武」「朱雀」「青龍」「白虎」の≪四神≫を思い浮かべます。

≪四神相応≫と言うと、「玄武」=北、「朱雀」=南、「青龍」=東、「白虎」=西に配されるものです。

この≪四神相応≫と「左龍右虎」を重ね合わせると、面白いことになります。

なぜなら、東の「青龍」を左、西の「白虎」を右に見る者は、南面している者である、ということになるからです。

つまり、「左龍右虎」というのは、この鏡の文様を眺める者にとっての左右ではなく、文様の表す世界の中における左右である、ということになるわけです。

ここに、霊獣に守護される神聖なものの存在を想定することが出来ます。

もっとも、実際の22号鏡の文様を見ると、2対ずつ組になった神仙と霊獣が上下左右に配された四神四獣になっており、また、いずれも鏡の外周側を下にした姿をしているため、明確な対形式とは言い難いものがあります。

また、そういう配置になっているため、対になった霊獣が守護すべき「神聖な存在」が、この図案の中に存在しているのかも、私には判然としません。

「左龍右虎」は、単に『三角縁神獣鏡』の図案が≪四神相応≫という考え方の影響下にあるということを示しているだけでしかないのかもしれません。

さらに、「獅子」の古例として触れた際にも指摘したように、当時の日本人が漢字の意味を解していたかどうかは保証の限りではありません。

いずれにせよ、『三角縁神獣鏡』にせよ、「金銅製帯金具」にせよ、「双竜文環頭」にせよ、器物としても、図案としても、日本の中で生まれたわけではなく、その起源が中国大陸にあることは間違いありません。

以上のように概観してみて、「神聖なものと21対の神獣」という対形式は、仏教伝来以前にその萌芽があったとしても、基本的に外来のものであり、本格化するのは仏教伝来後ではないか、というのが、私のいまの推測です。

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