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2007年10月29日 (月)

大徳川展

東京国立博物館平成館で開催中の『大徳川展』を観に行きました。

徳川家康を神格化した東照宮は、参道狛犬の歴史の中で、興味深い存在です。
日光東照宮には、関東では最古とされる参道狛犬がありますし、川越の仙波東照宮や静岡の久能山東照宮にも参道狛犬普及初期のものと思われる狛犬があります。

そのため、何か東照宮と狛犬に関する資料が展示されていないだろうかと考えて、足を運んだのでした。

狛犬そのものは展示されていませんでしたが、展示の一画に『家康の神格化』というコーナーがあり、そこに数多くの徳川家康を描いた絵画が展示されていました。
来場者が多く、会場ではメモを取りませんでしたが、図録を見ると、「東照宮御影」あるいは「東照大権現霊夢像」と呼ばれるものが16点(「御影」3点、「霊夢像」13点)掲載されています。
「東照宮御影」は徳川家康を神格化した画像であり、一方の「東照大権現霊夢像」は徳川家光が夢に見た家康の姿を描かせたという一連の作品群のことです。
ちなみに「御影」が3点(№77~79)、「霊夢像」が13点(№81~93)です。

一部形式の異なるものもありますが、天地に雲を配し、手前には短い階段と縁側、上には唐破風のついた屋根が描かれ、開かれた御簾と幕の中に上畳に坐した家康がいる、という図柄になっています。
そして、16点のうち12点で、家康の前に狛犬が1対描かれています。

御簾・幕・上畳といった道具立てと同様、狛犬も神格化の記号として描かれていることは間違いありません。

ところが、これらの狛犬、よく見ると奇妙な点があります。

図録№81、元和九年(1623)に描かれた「東照大権現霊夢像」の狛犬が、全身に鱗状の模様を描き込み、阿像は毛が緑色で巻毛、吽像は青色で直毛に描き分けられているのを別にすれば、いずれも簡略に描かれていて、左右で明確な描き分けなどはされていません。

それはいいのですが、形式がバラバラなのです。

一般的に≪狛犬≫は、向かって右に口を開いた阿形の無角の「獅子」、左に口を閉じた吽形の有角の「狛犬」を配するのが正式とされます。

しかし、この12対の狛犬は、ともに無角のもの(№77、№78、№81、№85、№89、№90、№91、№92)、通常とは逆に阿像に角があるもの(№82)、ともに有角と思われるもの(№83、№87、№88)となっていて、ひとつも正式なものがありません。
さらには向かって右を吽形にした≪吽阿≫のもの(№89)もあります。 これはどうしたことでしょうか。

12点の画像のうち、8点(№82、№85、№87、№88、№89、№90、№91、№92)は狩野探幽の筆によるものです。
また、№77も狩野探幽筆と考えられています。
同じ画家の作でありながら、狛犬の形式が一定しないのは、狩野探幽の狛犬についての知識が曖昧だったのでしょうか。

それとも、霊夢を見た徳川家光が、そのように描かせたのでしょうか。

真相は確かめようもありませんが、不思議なことです。

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