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2007年10月16日 (火)

狛犬の眼

日本参道狛犬研究会という狛犬愛好者のグループの会報『狛犬の杜』の第11号(1999年2月2日発行)に、「菊池寛の狛犬小説!」という記事が出ています。

それは、菊池寛が書いた狛犬の登場する小説があるという情報があるが誰か知らないか?、というものでした。
そこで紹介されているあらすじは、以前ご紹介した「赤く塗られた狛犬」という話と、骨格のよく似たものでした。

私は会員ではないので最新の号のことはわかりませんが、第55号(2006年8月29日発行)までをまとめて合本した「こまいぬ・狛犬・コマイヌ 狛研会報「狛犬の杜」全集」(平成18年10月30日発行)というものが出版されており、それを見る限りでは、それが判明したという記事はありませんでした。

そこで興味を持って調べてみたところ、すぐに判明しました。

昭和の初め、菊池寛の編著によって「小学生全集」(興文社・文藝春秋社)というシリーズが刊行されました。

しかし、これは大きな騒動を巻き起こしました。

というのも、これにやや先んじて、アルス社という出版社がよく似た内容の「日本児童文庫」というシリーズの企画を進行していたのです。
アルス社は北原白秋の弟が経営していた出版社で、白秋自身、この「日本児童文庫」に編著者として加わっていました。

二つの企画が並立することで、派手な広告合戦と販売競争が生じ、双方が対立していきます。
特に、白秋からすれば、自分たちが温めてきた企画を、菊池寛に横合いから掠め取られたように感じられたでしょう。
激怒した白秋は、菊池寛を厳しく非難する文章を発表します。
菊池寛もそれに反論し、泥仕合になってしまいます。

昭和2年から4年にかけて、どちらのシリーズも刊行され、文学史上に有名な≪円本ブーム≫に乗って、それなりの成果をあげます。
しかし、大量に廉価な児童書が普及したことで、単行本の価格が比較的高い児童文学界に大きなダメージを与える結果も招いてしまいました。

閑話休題。

その、「小学生全集 初級用」の第8巻「日本童話集 下」(昭和4年2月1日発行)の中に『狛犬の眼』というお話が収録されています。
ちなみに、この巻には19のお話が収録されており、『文福茶釜』『鉢の木』『一寸法師』『鉢かつぎ姫』『百合若大臣』などよく知られた昔話が含まれています。

『狛犬の眼』のあらすじは、こんなものです。

南の方のある島に、一つの社がありました。
その社の狛犬の眼が血色になると、災害が起きるという伝説があり、島人は毎朝、社へ行って狛犬の眼を見て、お祈りをしてから仕事に出かけるのでした。
ある時、内海を荒らしまわっていた海賊船が遭難し、生き残った二、三人が島に流れ着きました。
情け深い島人の手当てで回復した海賊たちは、しばらくはおとなしく島人の手伝いをしながら便船が来るのを持っていましたが、次第に退屈してきました。
そんな時、島の伝説を知り、悪だくみをします。
狛犬の目を赤く塗って、島人が脱げ出した隙に、目ぼしいものを盗んで島から抜け出そう、というのです。
島が暴風雨に襲われた夜、海賊たちは狛犬の目を赤く塗りました。
翌朝、それを見て驚いた島人たちは一目散に島を出て、沖合いに逃げました。
それを見て海賊たちが大笑いし、その勢いで狛犬にまたがってふざけていると、その狛犬の眼が光りだし、それと同時に波が押し寄せてきて、海賊もろとも、島を包み込んでしまいました。

先日ご紹介したお亀千軒の伝説は徳島県のものですが、菊池寛はその隣の香川県の出身です。
徳島の伝説を知っていて、それをアレンジしたのかもしれません。

また、ほかならぬ≪眼≫を赤く塗るという点では、「赤く塗られた狛犬」のコメント欄にあゆはさんが書き込んでくださった『漢民族の伝説』と共通性があります。

あるいは、読書家で博識の菊池寛のこと、私の知らない種本があったのかもしれません。

いずれにせよ、狛犬の登場する伝説としては、かなり広く流布されたものということになるのでしょう。

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