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2007年10月14日 (日)

狛犬以前の獅子(3)

「日本書紀」によれば、欽明天皇壬申年(552年)に百済の聖明王から仏像と経巻が贈られており、これが公式の仏教伝来とされます。
実際にはこの少し前から仏教は伝来していたようですが、いずれにせよ6世紀の中頃までには伝来していたことになります。

ただ、現存するものとしては、仏教に関わる獅子像が登場するのは7世紀に入ってからのようです。

「日本の美術279 狛犬」が挙げる最初期の例は

それぞれ、厳密な年代には議論があるようですが、7~8世紀のものです。
いずれも獅子が対をなしています。

興味深い点に触れておくと、刺繍釈迦如来説法図の獅子の頭上には角ではない何かがあります。
「日本の美術279 狛犬」では、蓮華文としていますが、獅子頭によく見られ、≪狛犬≫にも受け継がれた獅子の頭上の宝珠を連想させます。

また、玉虫厨子のものは、有翼の獅子と見られています。
中国でも、≪獅子≫の様式が固まるまでには、有翼の獅子がしばしば見られました。
その流れを受けたものでしょうか。

御崎山古墳の「獅噛式環頭」に表現された有角の獅子とともに、最も東まで伝わったグリフィンと言えるのかもしれません。

この他、同時代のものとしては、奈良県・長谷寺の国宝「銅板法華説相図 千仏多宝仏塔」(7世紀末)に浮彫りで描かれている多宝塔の下に対になった獅子がいます。

これらは全て、浮彫りか描かれたものです。全身を立体的に表現したものはないでしょうか。

法隆寺五重塔の初層に弥勒浄土相を表現した塑像群がありますが、その中に1対の獅子像があります。
破損と修復を繰り返しており、和銅四年(711)の創建当時のものではないようですが、同様のものが当初からあったと推測できます。

また、奈良県・当麻寺に木心乾漆像の獅子が残っています。
ただし、ここまでに挙げた対をなした獅子像とは異なり、元来は当麻曼荼羅厨子の一部として、全10体の獅子が上に何かを載せていたということです。

対ということにこだわらなければ、東大寺正倉院の宝物に多くの獅子が見られることは有名です。

手持ちの資料で図像を確認できるものでは

  • 沈香金絵木画水精荘箱(箱の上面の水晶透かし絵に走る獅子)
  • 銀薫炉(球形の薫炉の外側の球体に2頭の獅子と2羽の鳳凰が透かし彫り)
  • 十二支八卦背円鏡(紐の部分が獅子)
  • 柄香炉(炉の縁と柄の端に獅子)
  • 漆密陀絵竜虎櫃(側面の唐草模様の中に座す獅子)
  • 白石火舎(器の5本の脚が後脚で立ち上がった獅子)

が挙げられます。

そして、後の話につながる重要なものに、9点が現存しているという「獅子頭」の存在があります。

以上、資料名を列挙したに過ぎませんが、いずれも当然ながら中国および朝鮮半島の影響を指摘できるものになっています。

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