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2007年10月12日 (金)

狛犬以前の獅子(1)

まずは、日本へのライオン/獅子の伝来について見てみます。

と言っても、ライオン、つまり生きたライオンもしくは中国化されていない写実的なライオンの図像の伝来というのは、江戸時代まで認められませんので、中国化された獅子の伝来ということになります。

古代史上の大きな議論の対象となっているものに『三角縁神獣鏡』があります。
その名の通り、縁の断面が三角形を成し、神仙と霊獣(ここまで使用していた「神獣」の語を用いるとややこしいのでここではこう書きます)の描かれた銅鏡です。

「邪馬台国論争」にはほとんど興味がないため、あまり関心を持たずにいましたが、今回調べてみて、実は獅子の伝来について、注意すべき資料であることを知りました。
と言うのも、『三角縁神獣鏡』の中には銘文が刻まれたものがありますが、その銘文中に「師子(獅子)」の文字が、それも「辟邪」や「天鹿」と併記して刻まれている例が複数あるのです。

例えば、奈良県立橿原考古学研究所による「大和の前期古墳 黒塚古墳 調査概報」(学生社 1999年)には、黒塚古墳から出土した34面の銅鏡(うち33面が『三角縁神獣鏡』)が詳しく紹介されています。そこから「師子」銘のあるものを列挙してみます(銘はその部分の抜粋)。

  • 4号鏡(三角縁銘帯四神四獣鏡)=「師子天鹿其義龍」
  • 16号鏡(三角縁銘帯三神五獣鏡)=「獅子辟邪」
  • 18号鏡(三角縁銘帯三神五獣鏡)=「獅子辟邪」
  • 20号鏡(三角縁銘帯四神四獣鏡)=「師子辟邪」
  • 23号鏡(三角縁銘帯三神五獣鏡)=「師子天鹿其粦龍」
  • 32号鏡(三角縁銘帯四神四獣鏡)=「師子辟邪」

三角縁神獣鏡』は、中国で作られたのか、日本で作られたのかという論争があります。中国製であるとする立場からは、中国から伝来したもの(舶載)と、それを模して日本で作られたもの(仿製)があるとされています。
そのどちらが正しいにせよ、日本で出土していることには変りはないので、古墳時代の初期(3~4世紀)には「獅子」および「辟邪」「天鹿」が、日本に伝わっていたことにはなるでしょう。

ただ、当時の日本人が、「獅子」「辟邪」「天鹿」といった漢字の意味を理解していたのかどうかは何とも言えません。
仿製とされる鏡には、漢字が正しい向きになっていないものや間違っているものが見られます。
漢字を理解せず、単なる文様と見ていた可能性はあるでしょう。

4号鏡の「其義」と23号鏡の「其粦」は、おそらくどちらも「麒麟」を指しているはずです。
23号鏡の方は「麒麟」から偏を取っただけで、表記としてありうるものですが、4号鏡の方は誤記していると言えるでしょう。
「麒麟」の何たるかがわかっていれば、こういう誤記はしないのではないかという気がします。

また、これらの銅鏡に描かれている霊獣が、銘文通りに「獅子」や「辟邪」「天鹿」「麒麟」なのかは、微妙です。
黒塚古墳出土鏡のうち、1号鏡・6号鏡・19号鏡には「龍虎」の銘が、22号鏡には「左龍右虎」、31号鏡には「青龍」の銘が見えます。
つまり、銘文に見える霊獣には「獅子」「虎」「辟邪」「天鹿」「麒麟」「龍」「青龍」があるわけですが、それらを見比べてみて、明確な描き分けがなされているようには見受けられません。

ただし、有角と無角の別はあるようで、「龍虎」銘のあるものならば、それによって有角の霊獣は「龍」、無角のものは「虎」と解することはできます。
とは言え、「左龍右虎」と刻まれた22号鏡でも、左右の霊獣の違いは感じられません。
(もっとも、無銘の8号鏡に描かれた2体の霊獣は明確な描き分けがあり、龍虎と解されています。)

結局、「獅子」銘のある鏡に描かれているのは「獅子」であるとしても、他と比較して間違いなく「獅子」だと言えるほどのはっきりした特徴は、私には見出せませんでした。

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