川柳の狛犬
仕事柄、明治の終わりから昭和の初めにかけての≪新川柳≫と呼ばれるものに関心があり、句集なども何冊か買い集めています。
最近購入したものに≪狛犬≫を詠み込んだ句があったので、思い立って手持ちの句集を調べ直して、そうしたものを抜き出してみました。
目を通したのは10冊程の句集で、合計4000~5000句ぐらいにはなるはずですが、見つけることが出来たのは10句にも足りませんでした。
以下にご紹介します。
高麗犬は揃って神へ尻を向け 源坊
単純に見たままという感じですね。
「漫画 浮世さまざま 川柳のぞき」(麻生路郎撰 昭和6年6月20日 湯川弘文社)より。
高麗犬の山へ登って富士が見え 歌楽
狛犬によじ登って、目線を高くして、眺望を得るということでしょうか。
狛犬の一種に、溶岩を岩山状に積み上げた≪獅子山≫と呼ばれるものがありますが、「高麗犬の山」というのは、それのことかもしれません。
竹馬の台に高麗狗されちまい 不老
これも同じく、狛犬によじ登る姿ですが、こちらは明らかに子供の仕業ですね。
閉じた眼に高麗犬を知る願百度 五碧
いわゆる≪お百度参り≫をするうちに、もはや目を閉じたままでも、狛犬の位置も姿もわかるくらいになった、ということでしょう。
高麗犬へ日は暮れて行く鈴の音 六文銭
「鈴の音」がなんだかよくわからないので、句意もはっきりつかめません。
飾りとして鈴をつけた狛犬もないわけではないのですが。
以上4句は「現代川柳名句集」(高木角恋坊編 昭和4年11月10日 磯部甲陽堂)より。
高麗狛の鼻で踊って椿落つ 飴ン坊
狛犬の側に植えられた椿の木から花が落ちる時に、直接地面に落ちずに、一度狛犬の顔にぶつかってから、踊るように回転しながら落下していくさまでしょう。
少し語感は固いですが、情景の美しい句です。
なお、「高麗狛」ではちょっと変ですが、「こまいぬ」とルビが打たれています。
こま狗へ可笑しく残る春の雪 五碧
時ならぬ春の雪が降った翌日、春の日差しで地面の雪がどんどん融けて消えてゆく中、狛犬の上に積もった雪が融け残っているという感じでしょうか。
この作者の≪五碧≫という人物は、僅かしか見つからなかったもののうちの2句を作っており、気になりますが、どういう人かはよくわかりません。
以上2句は「新川柳分類壱万句」(近藤飴ン坊編 昭和4年11月10日 昭和6年2月5日再版 磯部甲陽堂)より。
高麗狗に傘を預けて願をかけ 力丸
「大正柳多留」(矢野正世著 大正7年7月15日 忠文堂書店)に収められている句ですが、江戸時代の「誹風柳多留」に見える次のものに似ています。
こま犬にかぶせて拝む三度笠
ちなみに「誹風柳多留」にはもう1句、こんなものも収録されています。
こま犬の顔を見合ぬ十五日
お題は「おし合いにけり」となっています。
十五日には何か祭礼があって、人がどっと押し寄せるので、向かい合った狛犬がお互いの顔も見えないほどである、というようなことでしょうか。
071107追記:「日本古典文学大系57 川柳狂歌集」(岩波書店 昭和33年)によれば、山王祭の6月15日か神田祭の9月15日のことであろうとのこと。
なお、私が参照した岩波文庫版の索引は上五からしか引くことができないため、句の途中に狛犬が登場するものがあったとしても、索引からはわかりません。
一応ざっと眺めてみましたが、見つけられませんでした。
これは俳句ですが、現代俳句協会HPの検索機能を用いて見つけたものです。
この1句しか見つからなかったので、一緒にご紹介します。
狛犬の謂れ聴く子や初詣 石崎素秋
最後に、狛犬に関係する句ではありませんが、参道狛犬を尋ねて神社を歩いている人には、実感のわく句だと思いますので、こんな句をご紹介しておきます(「大正柳多留」に収録)。
飛び飛びに読んで石碑に首を曲げ 群星

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