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2007年10月 3日 (水)

朝鮮半島の獅子

「東方へのライオンの伝来」の番外編として、朝鮮半島の状況を見てみます。

実のところ、朝鮮半島については手元にあまり資料を持っていないので、何気なく素通りしようかとも思っていたのですが、日本と中国を繋ぐ橋頭堡である朝鮮半島を無視するわけにはいきませんので、簡単にですが、触れておこうと思います。

≪狛犬≫との関連でよく引き合いに出される資料に、武寧王陵から出土した鎮墓獣があります。
≪狛犬≫も、この鎮墓獣も、ともに一角獣であることが、その理由でしょう。

石造のためか、全体にずんぐりとした豚のような体躯で、四足で立ち、頭部に鉄製の角をはめ込むようになっています。
この角は、鹿角を意識したのか、ギザギザのものになっています。
詳しい記述が見つけられないのですが、どうやら単体で設置されているようです。

武寧王は在位期間502~523年の百済王です。
この時、中国は南北朝時代で、地理的に近い北朝側では北魏の末期になります。

鎮墓獣について書いた時に紹介したように、北魏時代の鎮墓獣は2体1対で蹲踞の姿勢をしたものに移行しています。
四足で立つものを単体で設置するというのは、漢代に盛行した形式ですから、武寧王陵の鎮墓獣は形式としては一時代前の古いものと言えます。

ただし、漢代の鎮墓獣は枝分かれの無い真直ぐな角をしています。
鹿角を持つ鎮墓獣は、さらに前の時代の楚で見られるものです。
鎮墓獣限定で考えるなら、黄河流域と長江流域の両方の特徴を持っている、とも言えるでしょう。

その一方で、≪狛犬≫も、鹿角ほど大きくはないものの、枝分かれをした角を持つことがあるので、確かに注意すべき遺物だと思います。

王陵と言えば、統一新羅の元聖王(在位785~798)の掛陵の前に置かれた石像群の中に獅子が含まれていることがよく知られてます。
基本的には、中国の皇帝陵の制度に倣ったものでしょう。
リンク先の写真を見ても、参道らしい遺構はありませんが、石像が2列になっており、4頭の獅子は2対を成しているものと思われます。

こうした、対になった獅子は、実は朝鮮半島では珍しいようです。

こちらに韓国内で知られている獅子像のめぼしいものが紹介されていますが、仏塔の四隅に置かれていたり、単体で置かれていたりしていて、対にはなっていません。

敢えて言えば、リンク先でも紹介されている、新羅の善徳女王三年(634)に創建された慶州の芬皇寺の塔は、基壇の四隅に獅子がいますが、2体ずつその形式が違っています(背筋を立て胸を張ったタイプと背筋の寝たタイプ)から、2対なのかもしれません。
この塔には仁王が表現されていることも、対の存在をうかがわせます。
しかし、塔の4面にそれぞれ入口があり、その全てに仁王があるという表現になっており、古代朝鮮では「2」よりも「4」が大事だったのだろうか、という思いに駆られます。

加えて、朝鮮半島にある古い仏像でも、仏や菩薩の座の下に獅子を対にするものは、ほとんど見られないようです。

日本への仏教の伝来に朝鮮半島が果たした役割は大きいはずです。
仏像の彫刻形式については、朝鮮半島との類似性というものが具体的に指摘されてもいます。
しかし、それでありながら、狛犬に到る流れを考えれば、「神聖なものに伴なう2体1対の神獣」という形式の象徴とも言え、はずせない要素であるはずの仏像に付随した獅子が、ほとんど無いというのです。

そのような状況だけを見ると、≪狛犬≫に限れば朝鮮半島の影響は小さい、ということになるのかもしれません。

もちろん、朝鮮半島を通じて伝わったと思われるものは多方面に及びますから、その中に仏像以外で≪狛犬≫の成立に関わるものがあると考えることは出来ます。
それについてはいずれ触れることになります。

何にせよ、少ない資料でむやみに話を膨らませるのは良いことではないので、ここはこれで終えたいと思います。

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