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2008年1月18日 (金)

室町時代(1)

「室町時代」としましたが、ここでは江戸時代直前の安土桃山時代までを一括して取り扱いたいと思います。
初期の南北朝時代、応仁の乱以後の混乱期、末期の戦国時代、そして織豊時代という多様な時代を一括するというのはいささか乱暴ですが、後に江戸時代が控えているということで、敢えてそうしました。

さて、ここまで中心的に扱ってきた木造神殿狛犬ですが、『日本の美術279 狛犬』では南北朝までしか言及がありませんし、京都国立博物館の図録『獅子・狛犬』では、実際には室町時代以後の資料も所蔵されているにも関わらず、鎌倉時代の事例までしか挙げられていません。
資料を十分調べていないため最新の彫刻研究がどうなっているのかは知りませんが、上記の資料を見る限り、日本の彫刻史では鎌倉時代を最盛期としていて、その後は爛熟と衰退という捉え方をされているようです。

ちなみに、『日本の美術279 狛犬』で挙げられている事例は、鳥取・姫宮神社(明徳三年〈1392〉銘)、広島・厳島神社、岡山・吉備津神社、兵庫・小柿天満神社(康応元年〈1389〉銘)くらいですが、実際には多くの遺存例があるようです。

金属製の狛犬としては、鎌倉時代で触れた高千穂神社に近い宮崎・向山神社にやはり鉄製のものがあるようです。

鎌倉時代には発掘された破片資料しかないということで事例を挙げなかった陶製の狛犬ですが、この時代には有名なものがいくつか知られています。

鎌倉時代のところで既に触れた愛知・伊勝八幡宮の伝世品には応永二十五年(1418)の銘があり、ひとつの基準となっています。
また、愛知・深川神社、千葉・香取神宮の伝世品はそれぞれ特徴的な姿をしているので、伊勝型と並んで、深川型、香取型などとしてひとつの類型をなしています。

茨城・鹿島神宮には伊勝型と香取型の両方が伝世しています。

この時代の特に有名なものは根津美術館が所蔵しているものです。
この狛犬は、千利休が香炉として愛用していたものだと言われています。
ただし、香炉として作られたわけではない狛犬の阿形を口のところで割って、香炉にしたものです。
香炉にしたのは千利休のある種≪力技≫と言えるでしょう。

ちなみに香取型の狛犬です。

この狛犬が一度でも神社に奉納されたことがあるのかどうかはわかりません。窯元からそのまま手に入れたものなのかもしれません。
だとすると、これは信仰物ではなく、純然たる調度であり、愛玩物ということになります。

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