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2008年2月 3日 (日)

江戸時代(3)

江戸時代には金属製の参道狛犬も登場します。

東京では新宿区の花園神社(文政4年=1821)、渋谷区神宮前の熊野神社(慶応元年=1865)、大阪では中央区の御霊神社、藤井寺市の道明寺天満宮(元文3年=1738)などが知られています。
厳密には参道狛犬とは言えないかもしれませんが、日光東照宮奥の院には有名な石造参道狛犬の他に、唐門前にも金属製の狛犬が一対存在します。
唐門が造られたのが慶安3年(1650)ということなので、その頃のものでしょうか。

これらは銅製(青銅製)ですが、岩手県の黒石寺のものは鋳鉄製で、屋外に露座で設置されるものとしては珍しいものです。

ところで、「大阪狛犬の謎」の中で著者の小寺慶昭氏は、上記の御霊神社の狛犬について調査し、元和年間(1615~1624)のものと推定しています。
それが正しければ、日光東照宮の石造参道狛犬よりも古く、明確に参道狛犬とわかるものとしては現存最古のものの可能性が出てきます。
ただ、先日の設置年代の分布から見ると、大阪の狛犬としては突出して古いことが、少し引っかかります。

陶磁器のものも多く作られていました。

「陶磁のこま犬百面相」展の図録(愛知県陶磁資料館 2005年)を見ると、種類も豊富になっていることがわかります。
前の時代の形式を引き継いだものもあれば、石造参道こま犬を意識したようなものもありますが、かなり独創的なものも多く見られます。

それらは基本的に小型のものですが、陶器の狛犬でも参道狛犬として作られた大型のものがあります。
それが備前伊部焼狛犬です。
岡山の伊部地方の窯で焼かれたもので、京都、金沢、新潟、東京といった遠隔地でもその存在が確認されています。
つまり、広域型の狛犬でもあります。

この他、瓦の産地では瓦製の参道狛犬も確認できます。

木彫の神殿狛犬は数多く存在するはずですが、室町時代で触れたように研究上はほとんど言及されなくなるので、どのような状況になっているのか、すぐにはわかりません。
丹念に地方誌などを見ていけば、具体例を拾い出せるのでしょうが、今のところ私にはその気力はありません。

狛犬そのものではないのですが、もう一点触れておくと、江戸時代には参道に置くための神使の像が作られ始めます。
参道に置くものでなければ、それ以前からあったと思われます。
陶磁器の狛犬では、香取型と呼ばれるものは山犬型とも呼ばれていると上記の図録にはあり、山犬(狼)を意識したものではないかとの意見もあります。
神狐の像などで知られる伏見人形は桃山時代には存在していたと考えられていますから、小型の狐像なら存在したでしょう。
それらより大型で、参道に置かれるものは、おそらくは参道狛犬の影響から誕生したものと思われます。

以上、江戸時代の狛犬の特徴は、

  1. 参道狛犬が流行したが、その普及は早い地域でも18世紀からで、17世紀まで遡るものは少なく、19世紀に爆発的に普及した。
  2. 広域型の参道狛犬と在地型の参道狛犬がある。
  3. 様々な素材の参道狛犬が登場した。
  4. 参道狛犬に触発され神使も参道に置かれるようになった。

となるでしょうか。
室町時代に引続き、神殿狛犬は影が薄くなっています。

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