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2008年6月 6日 (金)

郷土玩具の≪こまいぬ≫

「狛犬=狆」説の筆者は「日本書紀」の中に≪高麗犬≫の語が出ていると言うが、岩波文庫版ではそのような記述は見当たらなかった、ということを書きました。

仮に、岩波文庫版が底本にしたのとは別の写本には≪高麗犬≫の語があるとして、さらにそれが筆者の言うように狆、あるいは少なくとも短吻種犬を指すものだとすると、何となく筋が通りそうなものが存在しています。

日本の伝統的な玩具の中に、≪こま犬≫と呼ばれるものが存在しているのです。

Komainu2 上の写真は京都市内のみやげ物店で買ったもの。
下の写真は東京の穴八幡神社で購入したものです。

見てお分かりのように、その姿は犬です。
しかも、まさしく狆です。

狆を≪高麗犬≫と呼ぶという事実があるのなら、この狆の玩具が≪こま犬≫であるのも当然ということになるでしょう。

写真のものは土を焼いたものですが、同様の姿をしたものに張子で作られた≪犬張子≫というものがあります。
近世以降、庶民にも広がっていきますが、元をたどれば宮中や貴族の間で用いられた≪犬筥≫と呼ばれるものに行き着くとされます。

山田徳兵衛「日本人形史」(昭和36年 角川書店)にはこう書かれています。

室町時代より上流家庭では犬張子を天児・這子とともに幼児の祓に用いた。室町時代には犬箱ともいったように、むかしのものは箱の形で足がない。製作はむかしも張子細工で、長さは三十六センチほどあった。男犬・女犬を一対用い、箱のなかに守り札などを入れて、幼児の枕もとにおいたり、また宮参りのおりに携えたりした。嫁入りにも持参した。

小林すみ江「人形歳時記」(平成8年 婦女界出版社)によれば、お伽犬、宿直犬などとも言い、皇室では皇子・皇女の誕生の際には現在でも誂えられるそうです。

≪犬筥≫にせよ≪犬張子≫にせよ、その造型は狆に基づくものと思われます。
「狛犬=狆」説では、狆が変じて狛犬になったと考えるわけですが、こうして幼児の魔除けという、狛犬的な役割を担いながら、造形的にも狆の姿を保ったものが存在しているわけです。
つまり、狆→犬筥→犬張子という流れが、現に存在しているのです。

この流れを無視して、狆を狛犬と結び付けようとするのは、うがち過ぎだろうと、私には思えます。

狆の姿をした玩具に≪こま犬≫という名が付いていることとともに、もうひとつ気になることがあります。

それは、狛犬の玩具がないことです。

手元にある数種類の郷土玩具関連の書籍を確認しても、面白いことに獅子頭を小型化した玩具は存在するものの、狛犬はありません。

上記とは別の≪こまイヌ≫というものはあります。

これは岡山県の吉備津神社で頒布されている小型の土人形で、犬2匹(立ち姿と座り姿)と鳩1羽を一組として、総称して≪こまイヌ≫と呼ばれています。鳩が混じるものの、やはりこれも犬です。
斎藤良輔「日本の郷土玩具」(未来社 昭和37年)によれば、

祭神の吉備津彦尊が、祟神天皇の十年に四道将軍の一人として、この吉備国に派遣され、百済国の王子温羅と戦ったとき、イヌ(犬飼氏)とトリ(鳥飼氏)が道案内をつとめて尊を助け、ついに大勝した、という伝説にちなんだものだ。

とあります。

結局のところ、≪こまいぬ≫という名の玩具はいずれも犬で、狛犬は玩具には見られないのです。

このことは、一体何を意味しているのでしょうか。
犬、とりわけ狆を≪こまいぬ≫と呼ぶことの方が先にあったから、犬の玩具を≪こまいぬ≫と呼ぶのでしょうか。

ただ、玩具類の中でも、こうした≪人形≫類は、江戸時代以降に一般に広まったものと考えられます。
≪こまいぬ≫の名も、当然、近世になって与えられたもので、そこにそれ以前の歴史が反映されていると言えるのかどうか、疑問があります。

くどいようですが、近世になってから、『犬』の文字に引きずられて、犬でも、特に狆に関して≪こまいぬ≫と呼ぶようになったのではないかと思えてなりません。

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