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2008年6月 3日 (火)

狛犬は犬か―その2

今は存在しない本編サイトの掲示板に、以前、「狛犬の起源は狆である」とする書き込みがありました。
≪狆≫は犬の一種ですから、これもつまりは「狛犬は犬である」とする説です。

詳しくはご本人のサイトをご参照いただくとして、その要旨は「朝鮮から送られた狆を愛玩した聖武天皇が、その狆が亡くなった後、その姿をとどめるために作らせた狆の像が狛犬の起源である」ということです。

確かに、「続日本紀」の聖武天皇の章、天平四年(732)五月十九日の項目において、新羅の使者から献上されたものの中に『蜀狗一匹』が含まれています(参照したのは講談社学術文庫の現代語訳版で原文にはあたっていない)。

また、筆者も触れているように、「日本書紀」(参照したのは岩波文庫版)を見ると、これより前の天武天皇の章に朝鮮半島からの犬の献上についての記述があります。
筆者はそのうちの一度しか言及していませんが、確認した限りでは下記の三度献上されています。

天武天皇八年(679)十月甲子(十七日)に、新羅の使者から贈られたものの中に『狗』が含まれています。
天武天皇十四年(685)五月辛未(二十六日)に、やはり新羅から『犬三頭』が贈られています。
朱鳥元年(686)四月戊子(十九日)にも、新羅から『犬二狗』が贈られたことが記載されています。

これらの犬の献上が、わざわざ記録に残されたからには、これは当時の日本にはいなかった短吻種犬(狆のような顔の詰まった犬種)であるとする筆者の考えは可能なものではあろうと思います。

しかし、仮にこれらの≪狆≫と思われる犬をモデルにした像が当時存在したとしても、それだけでは狆の像が後に狛犬に置き換わったことを述べているに過ぎず、狆が狛犬に変化したとは言い難いのではないでしょうか。

そもそも、狆の渡来より前に仏像に伴った獅子像が伝来しています。
愛玩動物である≪狆≫と、神聖なものの守護獣である≪獅子≫と、どちらがより狛犬的かと言えば、やはりそれは獅子でしょう。
したがって、日本的な狛犬の成立については、獅子像から直接に起こったと考える方が自然で、狆を持ち出す必要はないと思われます。

また、狆とライオンと狛犬の特徴を比較して、狆と狛犬の類似性を述べておられますが、その場合比較の対象とするべき狛犬は、古例であればあるほど良いはずであり、同時に、狆が狛犬に変化したとするなら、古例であるほど狆に近い姿をしているということになるはずです。
しかし、平安時代の古例と目される狛犬は、必ずしも鼻面が短いとは言えません。
少なくとも、狆のように潰れた顔ではありません。
何しろ、カナダ人もライオンだと思ったくらいですから。

また、狛犬は本来≪獅子≫と≪狛犬≫が対になったものですが、獅子は獅子が起源で、狛犬は狆が起源とするには、実際に現存する狛犬像で対になった左右の神獣の間に造形的な差がないという問題もあります。
確かに、犬っぽく見えるものも存在しますが、その場合、獅子もそのように作られています。
つまり、獅子自体を、そういう犬っぽいものとして捉えているわけで、狛犬だけを取り出して、狆に似ていると言っても、説得力がありません。

もっとも、現存する狛犬で、年代の特定出来ている平安時代のものはなく、概ね10世紀以降のものと考えられていますから、狆の伝来時期とは少なくとも200年ばかりずれています。
その意味では、そもそも狛犬の古例と狆を比較しても意味がないのかもしれません。

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