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2008年6月12日 (木)

≪ホノスセリ≫説

続いては、狛犬はなぜ存在するようになったのか、ということの由来についての諸説を取り上げます。

まずは、≪ホノスセリ≫説です。

江戸時代に編纂された「狛犬考」では、「徒然草奥儀抄(高屋近文微斎)曰」として、こう書きます。

獅子狛犬は、火闌降命ノ事ヨリ起テ禁門ニモ亦神前ニモ護ルヨシナレトモ、其形犬ニアラス、獅子也

『火闌降命ノ事』とは、火闌降命(ホノスセリノミコト)と彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)の逸話に基づくということを指します。
つまり、いわゆる海幸彦(=火闌降命)と山幸彦(=彦火火出見尊)の話です。

海の民である火闌降命と山の民である彦火火出見尊の兄弟は、ある日、お互いの道具を取り替えて火闌降命が山へ、彦火火出見尊が海へと向かう。
結局、どちらも収穫がないままその日を終えるが、彦火火出見尊が火闌降命の釣針を紛失したため、火闌降命は彦火火出見尊を責め、新しい釣針を作って許しを請う彦火火出見尊に、元の針を取り戻すよう要求する。
悩む彦火火出見尊だが、塩土老翁(シオツツノオジ)の導きで海神(ワタツミ)の宮に行き、釣針を取り戻すとともに、潮満瓊(シオミチノタマ)と潮涸瓊(シオヒノタマ)を与えられ、それによって火闌降命を屈服させ、謝罪させる。

これが話の概略ですが、弟・彦火火出見尊に屈した兄の火闌降命は、謝罪に加えて、「今より以後、吾は汝の俳優(わざをき)の民たらむ」(岩波文庫版「日本書紀」より)と誓います。
この『俳優』とは、単に演技をなす者ということを指すのではなく、ある行為をもって臣従し守護するというような意味を持ちます。
つまり、彦火火出見尊の守護となると誓った火闌降命にちなんだものが、天皇を守護するために置かれている狛犬である、と考えるのが、この≪ホノスセリ≫説です。

これだけでは守護はともかく、狛犬という動物の姿であることとのつながりが見えませんが、「日本書紀」には同じ物語の異説も収録されており、そこには火闌降命の言葉がこう書かれています。

「吾已に過てり。今より以往は、吾が子孫の八十連属に、恒に汝の俳人と為らむ。一に云はく、狗人といふ。請ふ、哀びたまへ。」

ここは、異説の中にさらに異説を挿入するという構造になっており、「一に云はく、狗人といふ。」が異説に挿入された異説です。
子々孫々まで『狗人』となることを誓った火闌降命から、狛犬になった、ということになります。

ここでその系譜の前後関係を見てみます。

火闌降命と彦火火出見尊の兄弟は、高天原から葦原中国に降臨した天津彦火瓊瓊杵尊(アマツヒコホノニニギノミコト)が、大山祗神(オオヤマツミノカミ)の娘・木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)との間にもうけた子になります。

彦火火出見尊は海神の娘・豊玉姫(トヨタマヒメ)との間に、彦波瀲武鸕[茲鳥]草葺不合尊(ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)をもうけます。
その彦波瀲武鸕[茲鳥]草葺不合尊が豊玉姫の妹、つまり自身からは叔母にあたる玉依姫(タマヨリヒメ)との間に四男をもうけますが、その末弟が神日本磐余彦尊(カムヤマトイワレビコノミコト)で、これが神武天皇となります。

一方の火闌降命ですが、「日本書紀」では、『吾田君小橋等が本祖なり』と書きます。この吾田君小橋とは、九州南部を根拠とした隼人のうち現在の鹿児島県西部にいた阿多隼人の有力者であるとされます。

ここから、次に取り上げる≪隼人の狗吠え≫説へとつながっていきます。

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