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2008年6月 7日 (土)

角から見た狛犬―その1

改めて確認しますが、広義の≪狛犬≫は、獅子と狛犬という2種類の神獣を1対にしたものを指す総称で、狭義の狛犬はその対のうちの一方の神獣を指す言葉です。
そして、獅子との比較のうえで、狭義の狛犬の特徴とされるのが「角」です。

狛犬について定義した最初期の文献である「類従雑要抄」には、狛犬には角があるということは記述されていますが、角の本数や形状には触れられていません。
しかし、現存する古い狛犬から判断すると、角は1本、真直ぐな角か、鹿のような枝分かれした角に作られています。

この狛犬には1本の角があるという点に注目して、様々な一角の神獣が、狛犬の起源として取り上げられてきました。

江戸時代にまとめられた「狛犬考」に取り上げられているのは≪兕(じ)≫です。

≪兕≫とは、中国古代の辞書「爾雅」(神宮文庫蔵本の影印本 汲古書院 昭和48年刊)によると、

兕似牛 一角青色重千斤

とあります。

この≪兕≫について、「延喜式」の「左衛門府」に以下のような記述があるといいます。

凡大儀之日、居兕像於会昌門左、事畢返収本府(右府居右)

つまり、大儀(元日や即位式など)の際には左衛門府においては会昌門の左に、右衛門府においては会昌門の右に≪兕≫の像を置くというわけです。
明らかに1対で門の守護獣として用いられており、その意味で狛犬との類似性が指摘できます。
ただし、事後に返却するということですから、常時設置されるものではないようです。

さらに「文安御即位調度図」という文献には

狛犬形 以銅鋳之、有銅座如磐石、前有銅柱一尺余、左衛門府式云、兕像云々、其体狛犬也云々

という記述があります。
ここでは≪兕≫と狛犬を同一視しているようにも読めます。

ただし、これは後のことにも関わりますが、記述自体は「兕は狛犬の姿をしている」と述べているに過ぎず、「兕とは狛犬のことである」とも、「兕と呼び習わしてはいるものの、現在その実態は狛犬である」とも解釈可能です。

ちなみに、その記述は、『狛犬形』という図版に添えられた文章の中にあります。
その図がこれです。

Komainu3

≪兕≫の定義にあるような牛の姿には、まったく見えません。
名の通り狛犬です。

「文安御即位調度図」は文安元年(1444)に藤原光忠によって書写された旨の記載があります(参照したのは「群書類従」所収のもの)。
つまり、狛犬の起源を云々するには、かなり年代的には新しいものです。

そうしたことを考えると、私には「兕と呼び習わしてはいるものの、現在その実態は狛犬である」と解すべきではないかと思えます。

事実、「続群書類従」所収の「二条院御即位記」の中に、このような記述がありました。

会昌門内東西掖壇上。左右衛門府各居銅鋳狛犬形一頭。(各北面。或云光像云々。然而装束記并年々記狛犬也。)

( )内は、小文字の注記です。
ここでいう「光像」とは「兕像」の誤記か印刷の誤植でしょう。

つまり、左右衛門府に置かれるのは≪兕≫であるとも言うが、「装束記」「年々記」という史料には≪狛犬≫とされている、という注です。

二条天皇の即位は保元三年(1158)ですから、「文安御即位調度図」のおよそ300年前には、すでに会昌門に狛犬が用いられていたことになります。
しかも、その時点で≪兕≫とするのはあたらないという注がついているのです。

やはり、「文安御即位調度図」の記述も「名称は兕だが、実態は狛犬である」と、読み解き、≪兕≫と≪狛犬≫は異なるものと考えるべきではないでしょうか。

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