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2008年6月10日 (火)

獅子か狻猊か

高木豊秋(梅田義彦)の「神像と獅子狛犬の話」(会通社 昭和12年)という、狛犬本の古典の中で、狛犬の起源についての諸説が紹介されています。
その最初に、こうあります。

(一)鬼魅邪気を避ける為めに置かれるしるしで、獅子よりも猛き狻猊といふものの姿である。それが高麗から伝はつたから「こまいぬ」と名づけられたのであらう。但し、角あるを狻猊の牡とし、角なきを牝とするは不可である。

≪狻猊≫には「しゆんげい」とルビが打たれていますが、正確には「さんげい」と読んだ方が良いようです。

明治時代に刊行された「新撰東京名所図会」では、狛犬のことを様々な呼び方で表現しています。
狛犬、獅子はもちろんのこと、これに素材名を足して、石狛、石獅、石狗、石駒といった表現が用いられています。
その中に≪石猊≫および≪木猊≫というものがあります。

また、平河天神社の部分では、同社の狛犬の、現在は失われている銘文(嘉永五年〔1852〕)が紹介されており、そこには「雙猊」と、単独で「猊」という用いられ方をしています。

確かに≪狛犬≫を≪狻猊≫とする見方があったようです。

この≪狻猊≫を、現代の漢和辞典で調べると、≪獅子≫と同義とされています。
用例として、仏の座る『獅子座』と同じ意味で『猊座』という言葉も出てきます。

「和漢三才図会」でも『獅子』の項目に別称として出てきています。

しかし、上記の引用文では「獅子よりも猛き狻猊」と書き、≪獅子≫と≪狻猊≫を別物として扱っています。

また、「中国獅子雕塑芸術」(朱国栄 上海書店 1996年)という本には、中国においてライオンは、初めは≪狻麂≫(日本語読みするなら「さんき」)と訳されたが、既に存在した≪狻猊≫と混同されたため、改めて≪獅子≫と訳されたと書かれています。
確かに漢代初めに成立した字典「爾雅」では≪狻麂≫の項目が立てられ、「即師子也」との記述があります。
これに従えば、≪獅子≫は≪狻麂≫で、≪狻猊≫はそれとは別の猛獣ということになります。

では、≪狻猊≫とはどういうものなのでしょうか。

中国には、「龍が九子を産む」という説があるそうです。
その龍から生まれたが、龍になれなかった九種類の神獣の一種が≪狻猊≫だとされます。
例えば、高士奇の「天禄識餘」には『形は獅子に似て、煙火を好む』とあるそうです。

しかし、「幻想動物の文化誌 天翔るシンボルたち」(張競 農文協 2002年)によれば、そうした説は元末明初、つまり14世紀頃に生まれたもののようで、考え方としては、新しいものということになります。

とは言え、≪狻猊≫が≪獅子≫とよく似たものであることは、それ以前からの考え方なのでしょう。

≪獅子≫とよく似た≪狻猊≫が≪狛犬≫の起源ならば、現存する狛犬が角と口元を除いて獅子と造型上の相違がないこともうまく説明でき、狛犬の起源説としてはすっきりします。

ただ、私の手近には資料が乏しく、≪狻猊≫がどのくらい時代を遡りうる神獣なのか、よくわかりませんし、実態(特に角の問題)もはっきりしません。

≪狛犬≫が≪狻猊≫であるかどうか、私には今のところわかりません。

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