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2008年6月 4日 (水)

狛犬は犬か―その3

「狛犬=狆」説の妥当性とは別に、筆者の指摘の中で、興味深い点があります。

それは、「日本書紀」の中に『高麗犬』という表現が登場しているというものです。

こちらに書いたように、≪こまいぬ≫という言葉の最古例は延暦二十年(801)、「多度神宮寺伽藍縁起流記資財帳」に見えるものであろうと考えられます。
養老四年(720)成立の「日本書紀」にこの語があるなら、それは≪こまいぬ≫という言葉の最古例であり、また少なくとも≪こまいぬ≫という語自体は、≪狆≫に由来する可能性があることになり、言葉の成り立ちを考える上で重要なことです。

そこで、ワイド版岩波文庫の「日本書紀」を確認してみました。
この版には、読み下し文と元の漢文の両方が収録されているので、どちらとも確認してみましたが、残念ながら『高麗犬』の語は見つかりませんでした。

昨日触れたように、天武天皇の章に新羅からの犬の献上についての記述が三度登場しますが、そこでは『狗』、『犬三頭』、『犬二狗』と表記されていて、『高麗犬』とはされていません。

「日本書紀」は原本は現存せず、複数の写本が残っているという状況なので、筆者が参照したのが、岩波文庫版とは別の写本に基づくものなのかもしれませんし、あるいは斜め読みなので見落としたのかもしれません。

ただ、別の写本に『高麗犬』という表現があったとしても、それが無いものも存在しているのなら、後の時代になって新たに書き加えられたものである可能性があります。
また、斜め読みで見落としたとしても、少なくとも犬の献上についての描写は上記の通りです。

仮に、『高麗犬』が「日本書紀」成立当時からある表現で、狆のような短吻種犬を指す語なのだとすると、これも昨日触れた「続日本紀」の聖武天皇の章にある『蜀狗一匹』との記述はどうなるのでしょう。
筆者は、この記述を狆の伝来の証拠とし、『蜀狗』を短吻種犬と考えています。
「日本書紀」の時点で『高麗犬』という言葉が存在していたのなら、その77年後の延暦十六年(797)に成立した「続日本紀」で、同じ短吻種犬、同じ新羅からの献上品であるものが、『高麗犬』とされていないのは、矛盾したことだと思うのですが。

ちなみに、筆者はこの「続日本紀」の記述を元に「狛犬発祥物語」という文章を書いておられますが、『蜀狗一匹』と記載されているものを勝手に「牡と牝のつがい」にしてしまっています。
また、「続日本紀」には、この『蜀狗』の死についての記載はなく、もちろん、それを悲しんで像を作らせたとの記載もありません。

なお、同じ文章で「狛」という字の起源を、狆に求めているのは、ナンセンスというものでしょう。
それこそ、「日本書紀」に既に『出雲臣狛』などの人名が登場していますから、それだけでありえない話なのはわかります。

私が検証のために確認したのは「日本書紀」と「続日本紀」だけですので、それ以外に根拠とした文献があるのかもしれませんが、それが明示されていない以上、こう判断する他ありません。

結局のところ、「狛犬=狆」説は、文字通り「物語」である、ということになるでしょうか。

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