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2008年6月 9日 (月)

角から見た狛犬―その3

話を戻します。

坂元氏の「狛犬=麒麟」説ですが、いくつか根拠が挙げられています。

例えば、本文ではなく注の部分にですが、「禁秘抄考註」の中に狛犬について「今見其形麒麟也」という記述があるということが指摘されています。

一方、本文中で大きな根拠としているのは「類従雑要抄」の付図のようです。
Kirin これがそうです。

そこには確かに「獅子。胡摩犬。」として、獅子とともに麒麟としか見えないものが描かれています。
つまり、足に蹄を持ち、首が長く、その首には鱗らしき蛇腹があり、髭をはやした一角獣です。

これが本来の狛犬の姿なのでしょうか?

ただ、いかんせん、実物が存在しません。
再三繰り返していますが、現存する狛犬像は、角と口元を除けば(厳密にはたてがみの毛並みなどもありますが)対をなす2体の姿に決定的な差はなく、言うなれば共に≪獅子≫の姿になっています。
確実に平安時代のものと言える狛犬は存在しませんが、鎌倉時代には確実に両方とも≪獅子≫である狛犬が存在しています。
≪狛犬≫とは≪麒麟≫のことであるとするならば、当然、それ以前の時代に、麒麟形の≪狛犬≫が存在したはずです。
しかし、現存していません。

逆に、それ以後の文献の記述にどう書かれていようとも、その時代に存在した共に獅子の姿をした≪狛犬≫を基準として考えるべきですし、それと乖離したものであるなら、その記述内容を疑うべきです。

もう一点、この論の弱いところは、肝心の「類従雑要抄」の図です。
坂元氏が参照する「群書類従」所収の「類従雑要抄」には、確かに「獅子。胡摩犬。」の図が掲載されています。
しかし、京都大学付属図書館がweb上に公開している「類従雑要抄」にはその図がありません。

両者を比較してみると、坂元氏がこの論文に引用した「獅子。胡摩犬。」と「鎮子。」(犀形鎮子)の2図だけが、京都大学付属図書館蔵本にはないのです。
Sai そう思って見直してみると、「群書類従」の方では、この2図だけ、図のタイトルが〔 〕に入っています。

これは、この2図が後の加筆であるということを示しているのではないでしょうか。

だとすれば、この図が表しているのは≪狛犬≫の起源が≪麒麟≫であるということではなく、この図が描き加えられた時代に、狛犬と麒麟を同一視する考え方が存在していた、ということを指しているに過ぎないことになります。

狛犬の源流が麒麟である可能性はあると思いますが、それを論証するには別の切り口が必要なのではないでしょうか。

(090913追記)

「類従雑要抄」は平安時代後期に編集されたものですが、江戸時代の元禄17年(1704)に、その内容を検討し、彩色した図に改めた「類従雑要抄指図巻」が製作されました。

麒麟形の≪狛犬≫の図は、その時に付加されたもののようです。

狛犬の起源を考えるのに、江戸時代に成立した資料を持ち出すのは、妥当なこととは思えません。

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