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2008年7月25日 (金)

獅子頭と『狛犬』――その2

次に目を見てみます。

獅子頭では、目が非常に強調されています。

眉間側が幅が広く、目尻側で閉じる、膨らんだ三角形の輪郭の中に、丸く膨らんだ眼球がある、あるいは輪郭全体を埋めるようにアーモンド形に膨らんだ眼球がある、という形状自体は調度の『狛犬』とも共通しています。
しかし、獅子頭は『狛犬』に比べて、顔のバランス全体の中で目が大きくデフォルメされています。

それだけでは足りないのか、御調八幡宮花尾八幡宮のものでは、瞳の部分に銅板が貼り付けられています。
いまはくすんでいますが、本来は銅鏡のごとく輝いていたのでしょう。
舞い踊る度に目がピカピカ光ったに違いありません。

現存する古い『狛犬』ではこの技法は見られません。
逆に、鎌倉時代以降の狛犬に見られる≪玉眼≫の技法は獅子頭には見られないようです。

≪玉眼≫とは、「両瞼の間を内えぐりに達するまで貫いて、内側から眼よりやや大きめの薄く磨いた水晶をあて、瞳や目尻、目頭のくま、あるいは血管まで絵具で彩り、錦をあてがい、全体を木で押さえる技法」(「狛犬事典」より)です。
激しく動かすものには向かない技法とは言えるでしょう。

金属板と言えば、獅子頭の場合、歯のかみ合わせの部分に鉄板を貼っているものがあります。
踊る時に、口を開閉して、歯をカチカチと打ち鳴らすのでしょう。
正倉院のものにも既に見られ、防府天満宮のものにも残っています。

調度である『狛犬』には不要のものです。

『狛犬』と言えば角です。
古い『狛犬』でも、どちらも角の無い『獅子』を1対にしたものも存在しますが、やはり、基本的には角が欲しいところです。

例示した古い獅子頭のうち、法隆寺と伊奈冨神社のものに角があります。

このうち法隆寺のものは対で、一方の頭上には角があり、他方には宝珠があるという、後年の獅子頭や参道狛犬に見られるパターンを先取りしたものとなっています。
ただ、この角と宝珠は後補とされます。
その後補の意味は、もともと角と宝珠はあったが、現在のものは後に補修されたものだ、ということなのか、もともとは無かったものを後から補い足した、ということなのか、よくわかりません。

伊奈冨神社のものは、本体から彫り出された角で、元から存在したことは確かなようです。
ちょんまげのように頭に張り付いた枝角です。

江戸時代より前の獅子頭で角があるものは少ないようで、町田市立美術館の図録ではこれら以外には富岡美術館所蔵の貞和三年(1347)銘のものしか挙げられていません。

そもそも文献との対応関係からして角のあるものを≪獅子≫頭と呼んでよいものなのか、「蘇芳菲」や≪狛犬≫である可能性はないのか、などと考えてしまいます。

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