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2008年7月22日 (火)

≪狛犬≫と「狛龍」

さらなる泥沼にはまり込んでみましょう。

「蘇芳菲」と「別番様」である「狛龍」ですが、「教訓抄」では

乗小馬形二人舞之。

とあります。
また、昨日触れた「雑秘別録」の

右にこまがたをつくりて。人のりたるやうにて。

との記述にある「こまがた」は「駒形=小馬形」であり、「狛龍」は馬に乗っているような格好で舞うようです。
ということは、その馬こそが「狛龍」ということになるのでしょう。

ところで、舞楽の≪狛犬≫の正式な番舞は、記録を見る限りでは「還城楽」であろうと、先日書きました。
その「還城楽」について、「舞楽小録」(1313年成立)には、こう書かれています。

還城楽。(略)答舞。落蹲。

つまり、番舞は「落蹲」であるというわけです。

この「落蹲」について「枕草子」の二〇五段に

舞は駿河舞。求子、いとおかし。太平楽、太刀などぞうたてあれど、いとおもしろし。唐土に敵どちなどして舞ひけむなど聞くに。
鳥の舞。抜頭は髪振上げたるまみなどはうとましけれど、楽もなほいとおもしろし。落蹲は二人して膝踏みて舞ひたる。こまがた。

という記述があります。
これに従うならば、「落蹲」は「こまがた」であると言うことになります。

≪狛犬≫の番に舞われる「還城楽」の番舞は「落蹲」で、それは「こまがた」、すなわち「狛龍」である、という尻取りのようなつながりが出来上がります。

では、≪狛犬≫は「狛龍」なのでしょうか。

「狛犬の原像について」(「日本古代国家の展開 上」所収)の筆者である坂元義種氏は、その可能性を指摘しておられます。
≪獅子≫≪狛犬≫が番になっているのは、「蘇芳菲」と「狛龍」の番が起因になっているとして、

なによりも蘇芳菲は師子であったし、狛龍と狛犬は「狛」を共有し、しかもともに獣と関係があったのである。

そこで「蘇芳菲」と「狛龍」の組合せが≪獅子≫と≪狛犬≫に転化した、とのお考えです。

しかし、「蘇芳菲」を「師子」に、「狛龍」を「狛犬」に置き換えるには、角があるのは「蘇芳菲」の方で、それでは獅子というより狛犬ですし、「狛龍」は上述のように馬で、しかも馬の被り物をするのではなく、乗るのですから、狛犬にも獅子にも遠い気がします。

どうにも無理を感じます。

ただ、「教訓抄」の「蘇芳菲」の項目には

蘇芳菲ノ作法。事外違タリ。然者。古キヲ正説トスヘシ。

とあり、「狛龍」でも

此舞之舞之体。古記ニハ頗相違シタリ。

と書かれていますから、「教訓抄」が成立した13世紀の時点での実態が、古くから伝えられているものとは変化してしまっていることは間違いないのでしょう。

結局のところ、文献を渉猟して見ても、決定的なことは籔の中で、混乱していくばかりです。

収拾もつかないので、そろそろこのあたりにしておこうと思います。

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