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2008年7月12日 (土)

中国の獅子舞

日本への獅子舞の伝来の前に、中国を見てみます。

以前、中国へのライオンの伝来は前漢代であろうということを書きました。

「漢書」の「礼楽誌」には、「象人はいまの魚蝦獅子を戯る者なり」という魏の孟康による注があるそうです。
注の時代は下がるものの、ライオンの伝来と近い時期に獅子の姿を模して踊るなり演じるなりする行為が存在していたものと思われます。

一方、北魏の楊衒之の「洛陽伽藍記」では、長秋寺の項に

四月四日の降誕会には、この像をかつぎ出して都を練る習わしで、魔除けの獅子が先き払いをつとめた。
(訳は平凡社「中国古典文学大系21 洛陽伽藍記 水経注(抄)」による)

とありますので、遅くとも6世紀までには、獅子舞は行列の先に立って道を祓う役割をもって仏教に取り込まれていたと考えられます。

ところで、現在の中国の獅子舞には大きく二つの系統があるようです。
おおむね長江を境にして、北獅と南獅に分れるということです。
どちらも、二人一組で一頭の獅子を演じるという点では共通していますが、形態的には、北獅が胴部が毛皮状で、曲芸的な要素をもつのに対し、南獅は毛のない幌状で、頭には角があり、武術的な要素をもつという点で違いがあると言います。

南獅の角のある獅子頭というのがいかなる物なのか、はっきりと示した史料が手元になく具体的な姿がよくわかりません。
上記のリンク先の写真からすると、頭上にある瘤か宝珠に近いものが、ここで言う角のようです。
角がある獅子頭というと、後に触れる舞楽の≪狛犬≫と何か関連があるようにも感じますが、この角の形は少しイメージに合いません。

また、中国の獅子頭の古いものはどのような姿なのか気になりますが、手元の資料には例がなく、web上でも見つけられませんでした。

ちなみに、北獅・南獅というのは、彫刻としての中国獅子が北方系と南方系に分れていることを連想させます。
北方系は山西・山東・河北・河南・陝西・遼寧・甘粛・湖北・安徽の各省に分布し、南方系は福建・広東・広西の各省および海南・台湾に分布しているとされていますので、地域的にも一致します。

ただし、彫刻としての中国獅子がそのようにはっきりと別れるのは、明代以降とされます。

獅子舞の方はどうなのでしょうか。
上記のリンク先では、北獅の成立を清代とする説を取り上げています。

となると、二系統にはっきり分かれるのは、彫刻としての獅子よりもさらに新しいということになります。

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