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2008年7月14日 (月)

日本の獅子舞の種類

日本の獅子舞は、大きく二つの系統に分かれています。
一つは伎楽・舞楽系獅子舞、もう一つは風流系獅子舞です。

伎楽はやがて日本化されて舞楽へと変じ、獅子舞を残して他は廃れます。
獅子舞は宮中や寺社の行事として定着し、地方にも広がっていきます。
そして、中世以降、熊野修験や伊勢神宮の御師などによって民衆にも浸透していきます。

その流れにあるのが伎楽・舞楽系獅子舞です。

形態としては二人一組で一頭の獅子を演じる≪二人立ち≫の獅子舞です。

「日本書紀」では、伎楽を伝えた百済人・味摩之はこれを『呉』に学んだと言っています。
『呉』とは、つまり中国の南部ということになります。
先に触れた中国の南獅と呼ばれる獅子舞は、胴体部分は幌状の布を被る形式のものでした。
日本の伎楽・舞楽系獅子舞も、ほとんどは布を被ります。
その点では、日本の伎楽・舞楽系獅子舞は南獅系と言えるのかもしれません。

ただ、沖縄の獅子舞は胴体が毛皮状になっていて、北獅系の特徴を持っています。
また、平安時代末期に成立した「年中行事絵巻」に描かれた獅子舞には胴体に長い毛があります。

さらに言えば、南獅には角があるということですが、日本の伎楽・舞楽系獅子舞には角がありません。

どうも要素が混在しているようです。

一方、風流系獅子舞は、一人で一頭の獅子を演じる≪一人立ち≫の獅子舞です。
通常、三頭の獅子が登場するので『三匹獅子舞』とも呼ばれます。

頭の形状も興味深いものです。
多くは三頭の内訳を雄二匹、雌一匹としており、雄は横並びの二本の角を持ち、雌は宝珠を載せています。
雄の角は、一方は普通の真直ぐな角で、もう一方は捻りのはいった角であったり、剣状の角になったりしています。

関西で生まれ育った私は、東京多摩地域に移り住むまで、この風流系獅子舞を見たことがありませんでしたし、存在自体知りませんでした。
それも当然で、この風流系獅子舞は関東以北に普及しているもので、西日本では、基本的に見られません。

例外は、江戸時代に埼玉の川越から国替えになった酒井氏によって福井の小浜に持ち込まれた雲浜獅子と、仙台の伊達氏が分国の際に愛媛の宇和島にもたらした八ツ鹿踊りの二つだと言います。

このことからも推測できるように、風流系獅子舞は江戸幕府成立後に、なかば政策的に普及がなされたもののようです。
また、獅子頭の形状も、上記のように狛犬からはかなりかけ離れたもので、両者の間にあまり関係性はないようにも思えます。

したがって、この後の考察の中ではこの風流系獅子舞のことは出てきませんが、何点か指摘しておきたいことがあるので、項を改めて触れておきます。

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