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2008年7月15日 (火)

風流系獅子舞

古野清人「獅子の民俗」(岩崎美術社 1968年)には、風流系獅子舞の由来記の内容がいくつか記録されています。
風流系獅子舞は、そうした秘伝の由来記を持つことで、意識的に伝承されたという側面を持っているようです。
また、いくつかの流派があり、由来記にも何種類かの系統があるようです。
由来記には、その源流を10世紀あたりに置くものもありますが、それは伝説であって、実態を表してはいないでしょう。

そうした中の、栃木県河内郡羽黒村関白(現・宇都宮市)に残る関白流の「天下一関白神獅子開起由来記」の内容が紹介されています。

奥州の親分・蔵宗と蔵安が略奪等の狼藉を働くので、民が都に訴え出たところ、延喜十二年(912)に藤原利仁が鎮守府将軍として討伐にやって来た。
官軍は激戦の末、賊を打ち破るが、都に帰還しようとしたところ藤原利仁が病死してしまう。
腹心の青木角太夫と青木左近将監一角は、やむなく亡骸を埋葬しようとした。
ところが一天掻き曇って暗夜のようになってしまった。
そこで、「宇宙の麒麟に象って首を三つ刻み」、これを家臣に冠らせ舞わせたところ、たちまち雲が晴れて、晴天白日となった。

この他、まだ細かいことが書かれていますが、問題は風流系獅子舞の頭について麒麟を象ったものと説明していることです。

先日、≪狛犬=麒麟≫説に触れました。

江戸時代に普及したと考えられる風流系獅子舞の、したがってこれもまた江戸時代に書かれたであろう由来記に、獅子頭の原形を麒麟とする説明がなされているというのは、私には興味深いことに感じられました。

ところで、風流系獅子舞の特徴は≪一人立ち≫ということです。
やはり一人立ちで演じる鹿踊りや大道芸として知られる角兵衛獅子もこの系譜にあるとされます。

こうした≪一人立ち≫の獅子舞の一種と考えられるものに新潟県の弥彦神社の『天犬舞』があります。

「弥彦神社の舞楽」というパンフレットによると、この天犬舞は9歳前後の男子が「頭に天犬面、赤熊毛を垂らし、紅梅の水干、大口をつけ、首を天地左右にふりながら舞う」というものだそうです。

「神像と獅子狛犬の話」(高木豊秋 会通社 昭和12年)の中に、狛犬の異称について言及されています。
その中に、≪高麗犬≫≪胡麻犬≫と並べて≪天犬≫が挙げられています。

つまり、狛犬=天犬ということになりますから、≪天犬≫舞とは≪狛犬≫舞に他ならないことになります。

これから触れる≪狛犬≫舞は、すでに失われてしまった舞楽ですが、『天犬舞』はそれを今に伝えるものなのでしょうか?

しかし、≪一人立ち≫獅子舞は、近世以降に普及したものと思われますから、時代的には合いません。
とは言え、気になるところです。

以上、あまりにも簡単ですが、獅子舞について概観してみました。

続いて、本題である狛犬との関わりについて見ていきます。

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