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2009年7月

2009年7月28日 (火)

「神事行燈」の狛犬

数年前、「神事行燈 四編」という書物を古書店で購入しました。

私は残念ながら目にしたことはないのですが、祭礼などの際に滑稽な絵と言葉の書かれた≪地口行燈≫というものが掲げられることがあります。

この「神事行燈」は、江戸時代末期に刊行されたもので、その地口行燈の絵と言葉を収録したという体裁の絵本です。

それが実際に掲げられたものを収録したものなのか、そのような名目でオリジナルな作品を掲載しているのかは、よくわかりません。

「神事行燈」は初編から五編まで刊行され、各編で絵師が異なります(初:大石真虎、二:歌川国芳、三:渓齋英泉、四:歌川国直、五:渓齋英泉)。

さて、なぜこの書物を購入したのかと言えば、送られてきた古書目録で、この書物を紹介するのに、この絵が掲載されていたからでした。

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購入はしたものの、崩し字が読み下せず、しばらく放置していましたが、思い立って、ちゃんと調べてみました。

そうしたところ、こう書いてあるのだとわかりました。

わる堅くまじめな石の唐獅子もつひうかれ出す狐けん酒

≪狐けん酒≫は、おそらくお座敷遊びの一種でしょう。

じゃんけんの一種に≪狐拳≫というものがあります。

手は≪狐≫≪庄屋≫≪猟人≫で、狐は庄屋に勝ち、庄屋は猟人に勝ち、狩人は狐に勝つという三すくみになります。

これの勝ち負けで、酒を飲んだり飲ませたりするような遊びだろうと推測できます。

「石の唐獅子」とありますが、絵を見ると、一方は宝珠を頭上に載せ、一方は角を生やしていますので、要するに現在一般的に言うところの「狛犬」のことです。

それも石というからには、神社参道にある石造狛犬のことを指しているのは間違いありません。

つまり、「神社の境内で怖い顔をして周囲を睥睨している狛犬も、お座敷で遊ぶとなると人が変ったように浮かれだす」ということで、堅物と思ってもそんな裏の顔もあるという皮肉なのでしょう。

狛犬的に面白いのは、描かれている唐獅子の姿です。

「神事行燈」は天保年間に刊行されたようですが、その時期に江戸で新設される狛犬は、絵にあるような、尻尾を垂らした姿をしたものが主流でした。

しかし、このタイプの狛犬では、頭上に角も宝珠も何もないのです。

江戸では、その一世代前の狛犬が、こうした角と宝珠を持つのですが、こちらのタイプは尻尾が立派な縦尾になっています。

ただ、これが混合したような狛犬も存在していて、それを思い浮かべてしまいます(小野照崎神社)。

狛犬の肩口に赤い何かが描かれています。

これは現実の狛犬にはないものです。

しかし、絵画に描かれた獅子にはよく見られるもので、例えば「和漢三才図絵」の『獅子』の項目の図版にも見られます。

これは要するに神獣の放つ霊気です。

これが描かれているということは、逆に言えば、実際の狛犬をスケッチしたり念頭に置いたりしたものではなく、そうした手本となるような絵画を元にして描いたものなのだということでしょう。

ところで、「神事行燈」について調べてみると、購入した「四編」以外に、もうひとつ唐獅子(狛犬)をモチーフにしたものがありました。

それは「二編」に掲載されているこちらのものです(「国芳の絵本2」〔1989年 岩崎美術社〕よりコピー)。

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ここに書かれているのは

金玉をもつからししは女なり

というものです。

広義の狛犬は無角の「獅子」と有角の「狛犬」が対になったものです。

それが造形される時、この絵のように獅子は角の代わりに宝珠を頭上に載せていることが、よくあります。

ここでいう≪金玉≫とは、この宝珠のことでしょう。
つまり、唐獅子は頭に金玉=宝珠があるけれど、実は雌だ、と言っていることになります。

これも大変に興味深いことです。

元来、狛犬には性別は無いか、両方共に雄とされていたと考えられます。

実際に遺存している古い時代の狛犬は、性器が表現されていないか、ともに男性器を持つという姿に作られています。

しかし、ここでは獅子は雌と断定されています。

となると、角のある狛犬の方は雄と認識されているのでしょう。

この時代には一対の狛犬を雌雄とする考え方が定着していたことを示しています。

実を言えば、この頃から子供を連れた狛犬が作られはじめます。

狛犬に雌雄を見るような意識が浸透し、その結果子供を連れた狛犬が作られるようになるという一つの証拠になるかもしれません。

いずれにせよ、江戸時代の狛犬観の一端を見ることができる、興味深い資料です。

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