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2019年12月28日 (土)

真夏の夜の夢――穏田神社の狛犬はどこから来たか(1)

1.発端

 

2019年の夏、変な夢を見た。

 

青山学院大学のキャンパス内を歩いていて半分土に埋もれた狛犬を見つける、という内容の夢だ。

 

ネタとしてFacebookに書き込んだところ、狛犬さがし隊副隊長の田村愛明氏からコメントがついた。
それは、渋谷区の穏田神社の狛犬が、現在の青山学院初等部にあったものだという内容だった。
穏田神社には2対の狛犬があるが、そのうちの写真の狛犬がそれだと言う。

Pb171684

Pb171702

ただの夢だと思ったのに、青山学院の敷地内に狛犬は存在したというわけだ。

 

調べてみると、東京都神社庁のサイトにこのような記述があった。

 

「「地球上のいかなる生物にも似ていないのが特徴」(永瀬嘉平『狛犬考』より引用)と表現されるように独特の風貌が目を引く。この狛大はもともと小松侯爵(元・小松宮)邸(現青山学院初等部のあたり)にあったもの。空襲によって全焼した神社を再建すべく、侯爵邸の邸内社を譲り受けることになり、その際一緒に狛犬も移築された。詳しい出自は不明だが、首の下に「飾帯(しょくたい)」(正装時の飾り帯)を付けていることから朝鮮の狛犬と見られる。」

 

穏田神社は昭和20年5月25日の空襲によって被災し、神輿庫を除いて神社施設が全て失われたという。
その再建にあたって、小松宮邸から狛犬ともども邸内社が移設されたというのである。
「移築は深夜、牛車によって行われた。右側に狛犬が見える。(昭和25年)」という写真も添えられているので、移設は昭和25年に行われたのであろう。

 

一方、元々狛犬があったという青山学院初等部のサイトには、このように書かれている。

 

「初等部の校舎は、青山学院の渋谷キャンパスの南側に位置し、六本木通り、高速3号線を挟み常磐松の地にあります。この地には、1964年(昭和39年)に現在の女子短期大学の校舎がある旧校舎から移ってきました。
現在の地においては、現在の校舎が2代目ということになります。
この地は、初等部が移って来る前には、明治維新に活躍された小松宮邸の跡地でした。当時の庭の一部が残されていました。春日灯籠に菊の紋章が入っていたり、庭石が京都の産であったりということからよくわかります。
初等部校庭中央にそびえ立つ楠木やけやきも小松宮邸当時のものであると言われています。
初等部南側にある庭が、その小松宮邸オリジナルの日本庭園です。」

 

つまり、昭和39年に初等部の新校舎が出来て移転してきた時に、日本庭園が残されていて、それは小松宮邸の一部である、ということになる。

 

さて、私は疑り深い性格である。
なんとなく引っかかるものがあったので、調べてみることにした。

 

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