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2021年5月

2021年5月25日 (火)

福島神社に狛犬はいたか

2021年2月、JR青梅線沿線の狛犬悉皆調査のため東京都昭島市内の神社を巡った。

 

私の悪い癖だが、出来るだけ、狛犬を初見の状態で見て回りたいという思いがあって、事前にはあまり情報を調べずに調査に出掛けてしまう。
この時も、帰宅してからネットで検索していて、興味深いことを知った。

 

昭島市が公開しているデジタルアーカイブの中に「昭島市史」(1978年刊行)がある。
その中に昭島市福島町の福島神社について、以下の記述がある。



「『新編武蔵風土記稿』によれば、かつては「蔵王権現社」と称していたが、明治の初期に福島神社と改称した。現在でも通称「御嶽さま」「御嶽神社」と呼ばれている。創建年代は不詳であるが、福島町の三田健一氏所有の文書である『福島神社明細帳』(明治三三年)には、

「往古詳ナラズ天文年間本村ハ小田原北条氏康ノ領トナリシ証拠存在スルヲ以テ其以前ニ創立シタルモノナリト古老ノ口碑ニ伝フ」

とあり、不明確ではあるが、その由緒の古さが口碑として伝承されていたことが窺われるのである。同社の祭神は倭建命である。現在の社殿は昭和一二年九月に再建したもので、明治一四年以前は現在の福島公民館の地に鎮座していたのを遷宮した。現社殿前にある狛犬は安永三(一七七四)年に奉納されたもので、その精巧さは高く評価されている。近世末期頃までは八月五日を例祭日として草相撲が催されていたようであるが、現在では八月中旬の日曜日が祭礼の日となっている。境内には末社として八雲神社があり、須佐之男命を祭神としているが、通称「天王様」と呼称している。」

 

もちろん、目をひくのは「現社殿前にある狛犬は安永三(一七七四)年に奉納されたもので、その精巧さは高く評価されている」の一文である。

 

しかし、実際に訪ねた福島神社にはそのような狛犬は見られなかった。

 

そこにあった狛犬は、江戸唐獅子タイプ(尾流れ)の狛犬で、台座には「大正十一年十一月」(1922)とある。ちなみに、製作者としては「石幸刻」とある。

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この事実だけから考えると、「昭島市史」が刊行された1978年時点では安永三年銘の狛犬が存在したが、いまでは失われたということなのかと思える。

 

しかし、気になることがある。
上のリンク先には、福島神社の祭礼の写真も掲載されている。
そこに写っているのは、現在社殿前にある大正十一年銘の狛犬だ。
写真には「明治百年祭」と書かれた旗が写っているので、写真の撮影時期は1968年から1978年のことだろう。
そして、安永三年銘の狛犬はこの写真では姿が見えない。

 

現在の社殿前の様子は、このような感じである。
「昭島市史」の写真と比べて、大正十一年銘の狛犬の位置に変動はないようだ。

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ここに、大正十一年銘の狛犬とは別に安永三年銘の狛犬もあったのだろうか。
安永頃の狛犬ならば、江戸狛犬タイプ(尾立て)のもので、地面に直置きではなく、少なくとも2~3段ほどの台座があったはずだ。
また、この時期のものは身体に直接銘を彫ることはあまりないので、安永三年のものとわかっているのなら、そうした銘が台座にあったはずなのだ。

 

そう考えると、上記の写真のような雑踏の中でも、安永三年銘の狛犬が社殿の前にあったのなら、写っていてもよさそうなものだ。

 

さらに調べてみると、昭島市が公開している「あきしま 水と記憶の物語」というサイトの中に以下の記述がある。

 

「旧福島村の鎮守。創建年代は明らかではありませんが、明治33年(1900)の「福島神社明細帳」に天文年間(1532~55)、北条氏の支配下にあったという口碑が書き残されているところから、それ以前に創祀されたものと思われます。
古くは、蔵王権現・御嶽神社と呼ばれていましたが、明治の初期に現社号に改称されました。
本殿は昭和12年(1937)の再建、拝殿は入母屋造です。文政13年(1830)奉納の燈籠一対がありましたが、近年新調されました。境内には八雲神社が、また、明治の一時期には「共成学校」が置かれました。」

 

ここでは文政十三年銘の燈籠が近年新調された(つまり今はない)ということが記述されているにもかかわらず、安永三年銘の狛犬についての言及がない。

 

それを言うならば、「昭島市史」には燈籠への言及がないので、それぞれの執筆者の関心が、一方は狛犬、一方は燈籠にあって、それぞれ自分が関心のないものには言及していないだけなのかも知れない。
しかし、もし本当に安永三年銘の狛犬が存在したのなら、多摩地区では比較的古いものになるし、昭島市内ではもちろん最古のものとなるので、これは特筆すべきことだ。

 

この文章の執筆時期がわからないが、「昭島市史」よりは後だろう。
「水と記憶の物語」の執筆者が狛犬に関心がない人物でも、それを無視するのはおかしな話だし、「昭島市史」の記述を踏まえるならば、現存しないことに言及するべきだろう。

 

本当に安永三年銘の狛犬は存在したのだろうか?

 

上記文中にある「福島神社明細帳」の記載を確認するのはひとつの方法だ。
「福島神社明細帳」は個人所有のように「昭島市史」には書かれているが、東京都公文書館に所蔵がある(厳密には「神社明細帳 北多摩郡の部」の中に含まれるようだ)。
だが、コロナ禍で当面休館中のため、現状では閲覧が出来ない。
そして、閲覧できたところで、存在の有無は記載があったとしても、写真はないはずだ。

 

誰か、「昭島市史」以前の時代にこの地区の狛犬を見て回り、写真をお持ちの方はいらっしゃらないだろうか?

 

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