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2021年11月

2021年11月30日 (火)

話が長い狛犬(1)

狛犬の奉納理由には、公的なものから私的なものまで、様々なものがある。

 

公的なものの最たるものは、「紀元二千六百年」あたりになろうか。
神武天皇即位を起点とする紀年法に基づけば、昭和15年が紀元2600年に該当することから、この年に、様々な記念行事・記念事業が行われた。
その中で奉納された狛犬もあり、それらには「紀元二千六百年記念」「皇紀二千六百年記念」などと刻まれている。

 

一方、私的なものとしては「金婚記念」「喜寿記念」「創業○○年記念」などがある。

 

公私の中間的なものとすると、「初老記念」などが該当するだろうか。
北陸などに見られる習慣で、初老=40歳を迎える同年齢のグループが、記念となるものを奉納するものだ。

 

これらの奉納理由は非常に簡潔だが、中には長い説明が記載されているものもある。

 

茨城県古河市の鶴峯八幡宮には2対の参道狛犬がある。
末社前に「文化十三丙子正月吉辰」(1816)の銘のある狛犬があるが、ここで取り上げるのは社殿前にある「昭和九年/四月吉日」(1934)に奉納された狛犬である。

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作者については、「石工/中田/斉藤千代松/幸手/斉藤漱石」と刻まれている。

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さて、この狛犬の奉納者については、吽像に

 

「奉納主/當所/高橋蔵司/妻喜代子/男 和夫/當社神職/高橋綱吉/家族」

 

と刻まれている。

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一方、阿像には、以下のように刻まれている。

 

「渡米記念/昭和七年五/月依于鉄道/局之命留学/于米國其間/于各種任務/于而同九年/七月無事帰/朝之記念奉/納之/鉄道省事務官/高橋蔵司」

 

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写真に撮ったものから文字を拾ったので、間違いもあるかも知れないが、大意は合っていると思う。
帰朝が七月で、奉納が四月という点には引っかかる。
読み間違いかも知れないが、その程度のズレは、あり得ないことでもない。

 

さて、この奉納者の高橋蔵司だが、銘文の中で名乗っているように鉄道省事務官だった。
昭和5年に鉄道省に国際観光局が設けられた際に、事務官としてそこに属している。
昭和7年から9年にかけて留学したというのは、国際観光のために必要な知見を得るためのものだろう。
安倍政権時代に「観光立国」ということが叫ばれたが、実は1930年代に既に、資源の乏しい日本の外貨獲得手段として「国際観光」を推進しようという動きがあった。
日本政府内でその中心となったのが鉄道省国際観光局であり、高橋蔵司はその最前線にいた人物の一人だったのだ。
調べてみると、昭和12年刊行の「外客接遇英語会話」(鉄道研究社)の校閲も担当している。
外国人観光客を誘致するにあたっての英会話の重要性を、よく認識していたのだろう。
ちなみに、発行年からわかるように、これは昭和15年の東京オリンピックを念頭に置いたもので、「オリンピツク競技の知識」という章が存在する。
ただし、知られている通り、オリンピックは開催返上となり、米英ら連合国との戦争勃発のため外客誘致どころか、英語禁止へと政府は暴走していくのだが。
戦後は、1946年から1951年にジャパンツーリストビューローの理事を務めている。
ジャパンツーリストビューロー、すなわちJTBである。
1970、80年代には観光を論じた文章をいくつも残している。
中には「国際観光と観光通訳問題」などというものもあり、一貫して外客誘致に強い意識を持っていた人物だったようだ。

 

そんな人物の奉納した狛犬が、観光地としての魅力度が低いと言われている茨城にひっそりと存在していることは、何かの皮肉だろうか。

 

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