« 東照宮と狛犬(8) | トップページ | プカラの牛(2) »

2022年11月17日 (木)

プカラの牛(1)

2022年11月5日、「プカラの牛」巡回展というものを見学に行きました。

Kimg4456

 

「プカラの牛」とは南米・ペルーで見られる習俗です。
牛の姿をした陶製品で、様々な祈願や魔除けのために用いられるものです。
プカラとは、これを制作する陶器の産地の地名です。

Kimg4458

Kimg4460

 

興味深いのは、瓦屋根の上に魔除けのために飾ることがあるということです。
しかも、その際には雌雄をセットにすると言います。

 

屋根に飾るという点では、沖縄の屋根獅子、台湾や中国南部で見られる屋頂風獅爺を思い浮かべます。
また、雌雄で対にするという点では一部の中国獅子や狛犬との共通性を感じます。

 

さて、展示を見に行く前に、いくつか知りたいポイントがありました。

 

・南米大陸に野生の牛は存在しないはずなので、「プカラの牛」はヨーロッパ人によって牛が持ち込まれた後に生まれたもののはず。具体的にはいつ頃、どのようにして生まれたのか?

 

・ヨーロッパ人との接触以前から、牛以外の動物を用いた同様の習俗は存在したのか?それともヨーロッパに由来する習俗なのか?

 

展示会場に関係者がいれば、こうした質問をするつもりでいたのですが、残念ながら無人で、ただ展示品が置かれているだけだったため、何も尋ねることが出来ませんでした。

 

かろうじて、会場で簡単な小冊子が配布されていたので、持ち帰りました。
以下、その小冊子に基づいて「プカラの牛」とは何かをまとめてみます。

 

「プカラの牛」の起源は19世紀以前に溯ると、小冊子にあります。
となると、逆に言えば、現在のような「プカラの牛」の成立は、20世紀に入ってからということになります。
その意味では新しい習俗です。

 

しかし、それはスペイン人によって導入された牛の姿をモチーフとし始めたのが、時期的に新しいということです。

 

アンデスの人たちには動物をモチーフとした「お守り」=「コノパ」の文化が存在していました。
元々は、リャマ・ビクーニャ・アルパカといった南米在来の動物をモチーフとした「お守り」があったのですが、ペルーに入ったスペイン人入植者(と小冊子にはありますが、要するに神父たちでしょう)から偶像崇拝の元凶として禁じられてしまいます。
そのため、キリスト教に由来するカーニバルの儀式用の牛をモチーフにすることで代用せざるを得なかったという事情があるようです。
その意味ではキリスト教による在来信仰の弾圧を免れる方便だったと言うことが出来ます。

 

元々は牧牛に似た装飾のないものだったようですが、現在のような装飾的な「プカラの牛」の誕生には、キリスト教の司祭たちが関与しているようです。
小冊子には、「1925年以降、プカラでは、既にクリスマスの祭りや闘牛の夕べが町の中央広場で開かれていました。そこで、初めて闘牛を見た司祭たちは、陶芸家たちに、シンプルで飾り気のない牛だけでなく、闘牛用の牛に使われる装飾などもつける工夫をするように勧めました」とあります。

 

こうした経緯をまとめれば、「プカラの牛」とは、アンデスの風習がキリスト教との接触によって変容しつつも、現代に生き残ったものと言うことが出来そうです。

 

 

 

« 東照宮と狛犬(8) | トップページ | プカラの牛(2) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 東照宮と狛犬(8) | トップページ | プカラの牛(2) »