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2023年11月12日 (日)

郷土玩具の狛犬(1)

かつて私は、郷土玩具には、なぜか狛犬が存在しないということを書いたことがあります。

それは手元にある各種「郷土玩具事典」類に、狛犬が取り上げられていないことが大きな理由でした。
さらに、30年ほど前に江戸時代の遺跡の発掘に関与していた頃、自分が調査に参加した遺跡の遺物にも、報告書執筆の際に参照した他の江戸時代の遺跡の報告書にも、出土した玩具類の中に狛犬が見られなかったことも理由でした。

しかし、2010年に富山市へ狛犬探しに出かけた際に、富山でかつて作られていた土人形の中に、狛犬が存在したことを知りました。

神社を巡りながら歩いているうちに、民俗民芸村という施設に行き当たりました。
その中に《とやま土人形工房》という場所がありました。

そこで、このようなことを伺いました。

富山の土人形は、江戸時代末期に始まり、一時は発展したものの、最終的に渡辺家のみが継承していた。
しかし、その当主が高齢で引退したために廃絶した。
そこで、これを何とか存続させようと、一般市民から受講生を募ってとやま土人形伝承会を結成し、製作を続けている。
それを展示販売しているのが、この《とやま土人形工房》である。

そして、以下のようなことをご教示いただきました。

「富山藩前田家は菅原道真を遠祖と仰いでいたため、富山では天神信仰が強く、土人形でも天神様が重要な位置にあり、それを飾り付ける際には、天神様の周囲に随神や狛犬、燈籠などを配置する。」

実際、現在の工房でも狛犬の土人形が作られていました。

ただ、由来からすると、愛玩用の玩具というよりは、神具・仏具の範疇に入るものでしょう。
また、実際にはどの程度時代を溯りうるのかについては、少し疑問を感じていました。

そんなことも忘れかけていた2022年に、Facebookの「狛犬さがし隊」に、ある投稿がありました。
埼玉県本庄市にある早稲田の杜ミュージアムで、出土品として狛犬が展示されていたというのです。
それも、江戸時代のお墓から出土したというのです。

それが確かなら、間違いなく江戸時代には狛犬の土人形が存在したということになります。

さらに言えば、狛犬を墓に副葬したのだとしたら、私が今まで知らなかった狛犬にまつわる習俗が存在していた可能性も浮んできます。

それは確認しなければならないと感じ、早稲田の杜ミュージアムまで足を運びました。


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